市川聖マリヤ教会
教会での出来事

2018年11月29日
教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年12月)

「備えの期節を過ごす」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 早いもので教会暦もアドベント(降臨節)に入りました。祭壇横にはアドベントキャンドルが設置され、主日を迎える度に一本一本火が灯り、イエス様の降臨が近づいてきます。

 12月に入ると、街中はクリスマスイルミネーションで彩られ、どこに行ってもクリスマスキャロルが聞こえてきます。世間はクリスマスムード一色で華やかになりますが、教会はクリスマスではなく、紫の祭色を飾るアドベントを過ごしています。教会の祭色の紫は、「悔い改め」「節制」そして「備え」を表します。

 降臨節の第2主日と第3主日の福音書には、洗礼者ヨハネが登場します。彼は、イエス様よりも前に表舞台に現れ、ヨルダン川で悔い改めの洗礼を授けていました。

 洗礼者ヨハネは、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」(ルカによる福音書3章4節)というイザヤの預言の通り、イエス様に通ずる道を整える役割を担います。そして、「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタイによる福音書3章2節)、「わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。」(ルカによる福音書3章16節)と言って、救い主の到来を人々に告げます。

 このように、洗礼者ヨハネは、私たちにイエス様の到来に向けて心と体を備えるよう呼び掛けます。

 洗礼者ヨハネの呼びかけと、紫の祭色が現わすように、アドベントは主の降臨に向けて「備える」期節です。ただ単に、クリスマスをわくわくしながら待つのではありません。しっかりと心と体を主に向け、祈りながらイエス様の訪れを待つのです。

 イエス様が来られるとき、私たちの頭、心、体は、イエス様をお迎えするのにふさわしくなっているでしょうか。自分の欲や楽しみ、そういったものだけで頭と心を埋め尽くしていると、いざイエス様が来られた時、イエス様をお迎えするスペースがありません。私たちの頭や心が自分の欲で一杯だと、イエス様が入る隙間がないのです。

 父なる神様は、私たちを救うため、愛する独り子をこの世にお遣わしになりました。最も大切なみ子を私たちに主は差し出されたのです。その神様に倣い、私たちも自分の時間、心、思いを少しでも主にささげて日々を過ごして参りたいと思います。この降臨節、ご一緒に、主をお迎えする備えをして参りたいと思います。
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