教会からのお知らせ

2014年 / 2015年


緊急事態宣言に伴う礼拝の非公開
2021年08月01日
市川聖マリヤ教会 信徒・関係者 各位

十 主の平和がありますように。

千葉県に8月2日から31日までの期間で緊急事態宣言が発出されました。
これに伴い、市川聖マリヤ教会牧師及び教会委員会は対応を検討し、その結果、8月3日からの全ての礼拝を非公開とすることとしました。
非公開期間は緊急事態宣言解除時までとします。
皆様のご理解を、よろしくお願い申し上げます。
千葉県の緊急事態宣言が解除されましたら、速やかに礼拝を公開・再開いたします。
皆さまも日々、祈りのうちにお健やかであることをお祈りいたします。

2021年7月31日

日本聖公会横浜教区市川聖マリヤ教会
牧師 司祭 バルナバ 大野 清夫
教会委員会

聖霊降臨後第7主日(特定10)
2021年07月11日
特祷 祈祷書230頁
旧約聖書 アモス書 7章7-15節
詩編 85編7-13節
使徒書 エフェソの信徒への手紙 1章1-14節
福音書 ヨハネによる福音書6章7-13節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず」、と、今日の福音は宣教に遣わされる使徒たちの、装備について述べています。
 「杖」は野獣や盗賊から身を守るためのもの、袋は他人からもらった食物や貨幣を入れておく目的であったことから、そのようなものを持たない旅は大変なものだったとわかります。
 「下着は二枚着てはならない」、と書かれてあることから、宣教の旅が貧しさの中で行われていたことを知ることが出来ます。

 それは、福音は貧しさにおいてこそ、その豊かさを失わないということを語っています。

 この世界に飢餓で苦しむ人々が数知れずいるのにも関わらず、物質的な豊かさに包まれた宣教が、何を語り得るのか。キリスト教の富とは、他者を富ませるための貧しさではないか、と使徒たちは語るのです。

 聖パウロは『コリントの信徒への手紙U』において、宣教者は、「物乞いのようでいて、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています」、と語ります。
聖パウロは、「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」、と語っています。

 しかしながら、世の富は、富める者を作り出し、キリストの貧しさゆえの気高さを人から奪い去ります。幾多の歴史の事実がそのことを語るのです。
 今日、先進国と言われる国々は、幾多の植民地支配をもってして、その国力を備えております。それは抑圧、殺傷の歴史でした。
 16世紀スペイン支配下のペルーにおいて、インディオ達は大きな抑圧と貧困に苦しみました。黄金を求めたスペイン人は、先住民であるインディオを奴隷扱いし、破滅、破壊させ、彼らから改宗と懺悔の機会を奪い、命を奪っていったのです。
 スペイン人・ドミニコ会伝道師ラス・カサスは、このキリスト者であるスペイン人に抑圧されるインディオたちこそ、まさに「鞭打たれたキリスト」であると語ります。

 ペルーの黄金を求めて来たスペイン人は、神を失い、黄金を神と崇める偶像礼拝を行っている、とラス・カサスは告発します。彼らは、黄金のとりことなり、福音と共にキリストをも売り渡してしまった、と指摘するのです。
そのラス・カサスは私達に、「神か黄金か」、と語ります。
インディオを殺して富を得る側に生きるか、キリストの貧しさに生きるか、そのどちらを選ぶか、と、現代を生きる私たちに、問い掛けるのです。
 それはまさに、あなたはキリストの貧しさを誇れるか、という問いに他なりません。

 物質的な豊かさに囲まれた中で、「物乞いのようでいて、多くの人を富ませ」、と聖パウロが語るような、キリストの貧しさを誇りとして、生きることが出来るか、と問うのです。

 キリストの貧しさ、それは、厳しさを伴います。福音を受け入れようとしない人には手を差し伸べないのです。
 ユダヤには、異教徒の地からユダヤの地に戻る前に、足や衣服の埃を払い落とす習慣があります。足の裏のほこりを払い落とすとは、その土地を異教徒の土地とみなすことです。
福音を否定する人に、福音以外の働き掛けをすることはありません。ただ福音を受け入れない現実を神に委ねることが信仰である、と福音は語ります。

 キリストの求める貧しさとは、福音のみに生きることであり、邪悪な思いを断ち切り、履物を履いて、杖一本で歩いていくことです。
 「無一物のようで、すべてのものを所有している」ことの大切さを思います。

 マザー・テレサが来日した時、驚いたのは日本にきれいさであったそうです。街並み、建物、服装のすべてがきれいだと驚きながら、マザー・テレサはこのように語ったそうです。
 「このきれいな家の中に、親子の会話、夫婦のいたわり合い、ほほえみがないとしたら、インドの小屋の中で仲睦まじく暮らす家族の方が豊かです。」

聖霊降臨後第6主日(特定9)
2021年07月04日
特祷 祈祷書230頁
旧約聖書 エゼキエル書 2章1-7節
詩編 123編
使徒書 コリントの信徒への手紙U 12章2-10節
福音書 マルコによる福音書6章1-6節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」、と主イエスは語ります。今日は、この主イエスの言から、キリスト教信仰について、思いを深めてみたい、と思います。

 主イエスの故郷であるナザレの人々は、イエスの幼少からのことを知っていました。その事が災いして、彼らは主イエスを知ることが出来なかったのです。

 イエスの親兄弟はイエスを教え育てた人々であり、その事に自負を持っていました。それゆえに、子供であったイエスが弟子を連れて故郷に戻り、会堂に入って権威ある教えを始めるなど思いもよらなかったのです。

 「この人は、このようなことをどこから得たのだろう」「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか」
 このように人々はイエスを語ります。

 彼らはイエスを、「大工」だと語ります。ここでいう「大工」とは、頭を下げながら小さな修繕や小物作りの仕事をもらい歩く人のことです。

 「ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか」とは、イエスが社会の底辺の人だと言っていることなのです。
 そして「マリアの息子」とは、ヨセフの息子ではないという意味です。つまりマリアが産んだ私生児だ、と言っているのです。

 彼らはイエスを救い主と信じることが出来ません。
 「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」とは、血縁関係でだけイエスを見るならば、神の子としての主イエスを認めることが出来ないのです。

 そしてさら注目すべきは、主イエスは、故郷で奇跡を行うことが出来なかった、と言う事実です。

 イエスの癒しは人々の信仰なくしては行われないのです。神が恵みを与えようとしているのに、ナザレの人々はそれを受け入れようとしないのです。それでは主イエスは癒しを行うことは出来ず、人々は救われません。

 ナザレの人々は、あえて主イエスを拒絶する理由を探して、「大工ではないか、兄弟でないか」と語ったのです。そして自分たちが不幸に陥ったのです。

 ナザレの人々は、自分の願望で物事を見、自分勝手に発言しております。幼い頃から知っているイエスが神の子であるわけがないという思いから、神の子でないとする材料を揃えてしまうのです。
 これが人の現実かもしれません。

 ナザレの人々は私たちに人の限界を示しています。その限界を超えなければ、人々は神に出会うことは出来ないのです。
 信仰とは主イエスに対する信頼です。神と心を一つにすることが信仰なのです。イエスを主として信じなければ、奇跡は起こりません。神の恵みは、私たちに与えられません。問題は、私たち自身にあるのです。

 ナザレ人々は「この人は誰か」と語るのですが、福音が問い掛けているのは、むしろ「あなたは誰か」ということなのです。イエスがどうであるかよりも、あなたは誰なんですか、と問うのです。

 この人は大工だ、マリアの息子だ、と言って暮らすならば、私たちは受け身の生き方に陥ります。奇跡も恵みもありません。
 神が望まれることは、私たちが、自分の心をつねに、神に対して開いていくことです。トルストイが「糸は針に従うでしょう」と語るように、私たちは主イエスに従うのです。

 人として見れば幾多の欠点もあるかもしれないイエス、そのイエスを真に神の子として受けとめる信仰を持った人が、この世界にあって、輝いて生きることが出来るのです。

聖霊降臨後第5主日(特定8)
2021年06月27日
特祷 祈祷書229頁
旧約聖書 申命記15章7-11節
詩編 112編
使徒書 コリントの信徒への手紙U 8章1-9,13-15節
福音書 マルコによる福音書5章22-24,35b-43節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン
 
 ヤイロという人の娘が亡くなった時、主イエスは会堂長に「恐れることはない、だだ信じなさい」、と語っております。
 人々が動揺している時に、イエスはなぜ「ただ信じなさい」と語られたのでしょう。その真意について考えてみましょう。

 このヤイロの家の人々は、死を揺るがすことの出来ない事実として受け止め、泣き叫んでしました。しかし主イエスは、「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない」と語ります。

 主イエスは、ヤイロの家の悲しみを認めません。「ただ信じなさい」、「子供は死んだのではない」、「少女よ〜起きなさい」と語り、悲しみの中に信仰の光をもたらしています。

 ヤイロの娘は「タリタ、クム」「起きなさい」という主イエスの言を信じて、起き上がりました。ただ信じたがゆえに、少女は起き上がることが出来たのです。
 
 私たちが受けとめねばならぬことは、この起き上がり歩き出した少女の姿に、人間が本来持っている力が示されている、ということです。

 『アルプスの少女ハイジ』に車いすの少女が出てきます。町に住んでいた時は車いす生活をしていた少女が、ハイジのいるアルプスの麓に来ると、車いすから立ち上がり、靴を脱ぎ棄てて歩き出します。

 奇跡のような物語ですが、医学的にも裏付けることのできる事例だそうです。
 ハイジに会った喜び、高原の木々から出される物質などが肉体に良い影響を与え、立ち上がることが出来る事例があるそうです。

 ヤイロの娘の物語も、ハイジの娘と重なり合う点があります。

 ヤイロの娘の物語は、自分では発見することの出来ない、自分の内面深くにある力について語っています。そしてさらには自分自身を発見させてくれる神の力について語っています。「起きなさい」という言葉で、自分の中に眠っている力が湧き出てくるのです。

 祈りとは、そして信仰の豊かさとは、自分自身の奥底に既にあった豊かさを発見することなのではないでしょうか。起き上がるヤイロの娘とは、人間が本来持っている豊かさが回復された姿だと福音は語っているのです。

 きっかけは単純なものです。今日の福音はこのようなものです。主イエスは、人々が泣き騒いでいるヤイロの家に着き、横たわっている幼い娘の手をとって、彼女を起き上がらせる。そうすると彼女は歩きだす。

 そして会堂長のヤイロは娘の病と死を通してイエスと出会い、イエスの心に触れ、イエスに結ばれていきました。亡くなった幼い娘はイエスに触れられて、立ち上がることとなったのです。

 聖書の本文では、このヤイロの娘の物語の途中に、病がいやされた別の女性の物語が挿入されています。
 この女性は、イエスの後ろからイエスの服に触れました。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからです。そしてこの女性はいやされました。この女性も病を通してイエスと出会い、イエスに結ばれていきました。

 そこにはイエスに触れるという出来事があります。4世紀に生きた教父アウグスチヌスは、「信仰とはイエスに触れることである」と言っています。私たちもイエスに触れるのです。
 それは私たちの心が主イエスに触れることです。「タッチ、ミー」という英語があります。私の心をタッチした、私の心に触れたという意味です。
 困難に陥った時、主イエスは「起きなさい」と私たちに語られます。その言葉で私たちはイエスにタッチされます。そして私たちもイエスにタッチするのです。それが私たちの信仰です。

主日礼拝の公開再開について
2021年06月20日
市川聖マリヤ教会 信徒・関係者 各位

十 主の平和がありますように。

東京都の緊急事態宣言が解除されました。

これに伴い、市川聖マリヤ教会牧師及び教会委員会は6月27日より主日礼拝の公開を再開することといたしました。

礼拝出席については、今まで通り誕生月に分けて月2回の出席をお願いいたします。

ご家族でご一緒の際はこの限りではありません。また、ご都合により他の週に振り替えても結構です。

1〜 6月生まれの方 毎月第1・3主日
7〜12月生まれの方 毎月第2・4主日

密を避けるため、礼拝終了後、礼拝堂の後ろから順に退出をお願い致します。以下1から3の順に退出しましょう。

1 後ろグループ
2 真ん中グループ
3 前グループ

礼拝後、お話は礼拝堂を出てからか、小声でお願いします。暑くなりますので、休み休み、体調に合わせて教会においでください。体調の悪い時は思い切って礼拝を休みましょう。

力を合わせ、配慮を重ねて、感染症に強い教会形成をして参りましょう。

皆様のご理解を、よろしくお願い申し上げます。

日本聖公会横浜教区市川聖マリヤ教会
牧師 司祭 バルナバ 大野清夫
教会委員会

聖霊降臨後第4主日(特定7)
2021年06月20日
特祷 祈祷書229頁
旧約聖書 ヨブ記38章1-11,16-18節
詩編 107編1-3,23-32節
使徒書 コリントの信徒への手紙U 5章14-21節
福音書 マルコによる福音書4章35-41節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」、と弟子たちはイエスに向かって叫んでいます。
イエスとその弟子達が舟で湖を渡ろうとした時、激しい突風が起こり、弟子たちはおびえたのでした。この出来事の舞台は湖です。山に囲まれた湖は気候の変化が激しく、山から吹き下ろしてくる突風は、漁師たちにとって恐ろしいものだったようです。

 実際に人里離れた所にある湖に出掛けてみると、殊に朝早く一人で出掛けると、岸辺にいるだけで何か恐ろしい印象をうけます。神学校の休暇期間、湖水地方のケズウィックにある女子修道院に滞在しました。たとえようもなく美しい静かな町でした。早朝一人で湖に行きました。霧が立ちこめ、1寸先も見えません。周囲に誰もいないので殺されてもわかりません。立ち込めた霧のなか、神秘を感じました。しかし霧が晴れると、真珠のような水面に周囲の山々が美しく映え出でて来たのでした。
 湖面に映し出される映像は、周囲の山々だけではありません。湖面を覗きこむ私の姿も又、その湖面に映し出されたのです。

 詩人ワーズワースは、英国で最も美しいと言われる、北部カンブリア地方一帯に広がる湖水地方の自然に魅せられ、そこで生涯を送りました。ワーズワースの詩は湖水地方の自然がなければ生れなかったと言われています。
 有名な「黄金の水仙」という詩は、「私は一つの雲のように孤独にさまよった」、という言葉で始まります。湖畔を一人、自分は誰なのか、という思いでさ迷ったワーズワースは、金色に輝く黄金の水仙に出会い喜びに満たされます。後にワーズワースは「私の内なる目に、その水仙がはっきり映る」と語っています。湖面に映った水仙が自分の心の奥底に映り出るということ、そのことから湖という舞台が、自分という者の奥底にあるものを映しだす場所であることを知るのです。

 今日の福音も又、舟に乗って嵐に遭う弟子たちの物語というよりは、彼らの心の奥底が湖に映り、反射して、信仰とはどのようなものであるかを弟子たちが深めていく物語として受けとめることが出来ます。

 弟子たちが嵐に遭遇しても主はそ知らぬふりをして眠っている、と弟子たちは思いました。助けてくれないという思いは、人生を思い通りにしようとする人の姿です。
 しかし舟が沈みそうな時、思うように出来ない現実を知り、弟子たちは真摯に神を求めたのです。私たちもそのような経験をしています。病気とか、人の死の時とか。

 しかし舟が沈もうとした時でも、イエスは眠っていました。イエスは神を信頼していたから嵐の中でも眠っていたのです。嵐の中でも平安がイエスにありました。しかしながら弟子たちは脅えています。その嵐の動揺、揺れた舟の中での動揺とは、神への信頼を欠いた人の姿に他なりません。

 しかし福音は、神とは嵐に揺れる舟の中で弟子たちと共におられる、と語るのです。
 この世の困難の時、神を見失ってしまうような時が私たちにあっても、神は、揺さぶるような嵐の現実のなかにあっても、共にいて下さるのです。

聖霊降臨後第3主日(特定6)
2021年06月13日
特祷 祈祷書228頁
旧約聖書 エゼキエル書31章1-6,10-14節
詩編 92編
使徒書 コリントの信徒への手紙U 5章1-10節
福音書 マルコによる福音書4章26‐34節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「神の国を何にたとえようか」「それは、からし種のようなものである」「どんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほどの大きな枝を張る」と福音は語っています

 「からし種」はからし菜の種と言われていますが、本当は何の種か良くわかりません。からし菜だとすると高さは2メートル位で、幹はそんなに太くありません。種は砂粒くらいの大きさです。からし菜の葉の陰に鳥は巣をつくれません。ほかの植物だろうと推察されます。いずれにしてもからし種のたとえは、小さな種から大きな植物が育つこと、神様の業は人間の想像や常識をはるかに超えることを語ります。

 しかしからし種でも大きく育つには何年もかかります。ここに神さまの業の特徴があります。よく「教会は変わるのに100年かかる」と言われます。100年もかかるととらえるか、100年で変われるのだととらえるかで、わたしたちの生きざまも変わってきます。戦後教会は人であふれていたと聞きます。今年の夏、戦後76年を迎えます。戦後のキリスト教ブームが去り、この76年で教会はどれほど変わったのでしょうか。
 信徒数の減少、高齢化と言われますが、20年ほど前、信徒数は増加傾向にありました。横浜教区も松戸、柏、クリストファー、厚木と新しい教会が誕生しました。教区婦人会大会を開催すると100名を超える参加者がありました。今、信徒数は減少しています。人口が減ったことを考慮に入れても信徒数は減少しています。病気になればまず回復を祈った時代は去り、今はまず診察を受けます。カウンセリングも充実して来ました。教会はわたしにとって必要ではないと言われる時代です。しかしこの時代に、神様は思いを込めているのではないでしょうか。

 露のマルコさん(天台宗の僧侶で落語家・ご主人はクリスチャン)は夫に「法華経のイメージは何か?」と質問したそうです。夫の答えは「厳しいイメージ」とのこと。マルコさんはこのように語ります。「それは私のイメージが法華経と結び付いたわけです。つまり、一番身近な信仰者のイメージが、その人にとってのその宗教のイメージになってしまいます。まずは、信仰者が自分の生き方をただすことが大事です。自分の宗教をカミングアウト(公表)し、自分の生き方を見せていくことが、信仰者の使命だと思っています。」
将来に悲観的になれば、その宗教も悲観的なものになることは事実であろうと思います。

 わたしたちは毎日を生きることで精一杯で、なかなか長い時間のスパンで物事を考えられません。しかしふとした時に振り返ってみると、自分が気づかなかったところ、見ていなかったところでこんなにも沢山の神さまの業がはたらいていた事に、今更のように気づかされるのではないでしょうか。
使徒書でパウロが二度にわたって「心強い」と言っています。苦労を重ねて宣教してきたパウロは、神さまのわざが確実にはたらいていることを、いつも実感していたのでしょう。

 わたしたちも、今、確実にはたらく神さまの業を信頼して歩むことが大切です。そこに神の国は示されているからです。

 からし種もパン種も、ほとんど人目につくことのないものです。しかしながら驚くほどに大きな力を内に秘めています。神の国とは隠されているが、やがて大きく目を出すのです。

 からし種は、かならず大きくなり大きな実を結びます。そのように思えず、近未来的な視野で嘆いてしまうとしたら、それは、今生きている喜びを殺してしまうことになります。
何はなくとも喜んでいること、今、与えられた恵みを喜んで受けることが、健やかさであり、宣教であると思います。

 海苔は健康にいいそうです。だから「何はなくても江戸紫」と言うコマーシャルが流行ったのでしょうか。
 わたしたちもまた、何はなくてもからし種の信仰なのです。

聖霊降臨後第2主日(特定5)
2021年06月06日
特祷 祈祷書227頁
旧約聖書 創世記3章8-21節
詩編 130編
使徒書 コリントの信徒への手紙U 4章13-18節
福音書 マルコによる福音書3章20‐35節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」と主イエスは述べます。しかし神の御心を行うことは難しいものです。神の愛、神の御心は、人の理解を超えているからです。

 イエスを理解することも難しい。身内の人々ですら、「あの男は気が変になっている」と言うのですから。貧しい人に取り囲まれ、村から村へ巡り歩くイエスは、身内にとっても気が変になった人だったのです。

 イエスの身内は、貧しさ病はしかたない、彼らは自分たちと違う世界に生きる人々だと思っていたのではないでしょうか。しかしイエスは貧しい人々、病の人々と共に生きようとしました。それは狂っているとしか言えない生きざまだったのです。

 神の愛に生きることは、難しいものです。ある意味、狂った生き方をしなければならないかもしれません。
愛とは一番難しいものです。しかし一番重要なものです。それゆえに愛に生きるのは難しいのです。

 ドイツのメルケル首相はこのようなことを語ります。
 聖書に示された愛は、感情豊かな言葉から成るものではないのではないか。神の愛は、実は冷静な行いのなかに現れるものではないか。
 愛の行為は、条件なく、恐れを知らずに相手に奉仕する行いだ。かつそれが冷静に行われてこその神の愛である。愛は信頼からしか生まれない。

 「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」とは、自分と同じ基準を隣人に当てはめることです。人間は自分を愛し、自分を信じ、自分自身を理解しなければ他者を愛せません。エーリッヒ・フロムも『愛するということ』でそのことを語っています。自分を愛し、信じられる自己を確立することにおいて、他者を愛することができます。

 主イエスは気が狂っていると思われました。主イエスが確信をもってなさっていることが、人々にはわからないのです。何が良いことであり、何が神から求められているのか、私たちにはわからない時があります。
 ではどうしたら良いのでしょう。メルケル首相はこのように述べています。

 「少なくても人生のなかで出会った人々、耳にした考え、自分の体験が、人は何をすべきかについてより良く理解する希望を与えてくれた。」
 「それらの人々や体験が、自分が正しいと思ったことが本当に正しいのか、あらためて疑う能力も与えてくれた。」

 人が生きて来た経験の中で、自分が愛された経験、苦難のなかから立ち上がった経験、それらを自分に与えてくださった方の人格と聖書の信仰から、私たちは何が愛の行為であり、何が過ちであるかを知ることができます。その経験と祈りの中で、真実の愛を私たちは知り、その愛を実践していけるのです。

 イエスとの出会いは、私たちに変革を促します。それは今まで持っていた世界観、人生観を放棄させ、イエスに倣う生き様へと私たちを導くのです。
 自分の考え、人生観を変えることが出来る柔和さ、謙虚さは、イエスとの出会いの中で学び取れます。その経験によって、私たちは豊かにされるのです。

三位一体主日・聖霊降臨後第1主日
2021年05月29日
特祷 祈祷書225頁
旧約聖書 出エジプト記3章1-6節
詩編 93編
使徒書 ローマの信徒への手紙8章12‐17節
福音書 ヨハネによる福音書3章1‐16節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「年をとった者が、どうして生まれることができましょう」「どうして、そんなことがありえましょうか」。このようにニコデモはイエスに語ります。主イエスがどれほど新たに生れることの大切さを説いても、ニコデモは、人が新たに生まれ変われることを信じられないのです。

 そのニコデモは夜、イエスのもとを訪れています。何故昼間でなく、夜にイエスのもとを訪ねたのでしょう。
 それは恐らく人目につかないためです。ニコデモはユダヤ教の指導者でした。ユダヤ教を批判しているイエスを訪れる、しかも教えを求めて訪ねるということは出来ません。ですから夜、ひっそりと訪ねたのでしょう。

 そしてもう一つ、ニコデモが夜訪ねた理由があります。それはニコデモが老人だったという理由です。神学者リュティはこのように語ります。

 馬小屋で馬の生活を見ていると、年取った馬はいつも朝早く立ち上がっている。しかしその時、若い馬はいつも囲いの中で寝ている。若い馬には眠りが必要だが、年取った馬はもう横になっていることはない。それは人間も同じだ。

 ニコデモは老人です。その老人であるということが、夜、イエスのもとに来た理由ではないでしょうか。老人に睡眠はさほど必要ではないのです。
年老いて眠れない、もう眠る必要すらないという夜の苦しみを携えて、ニコデモはイエスのものに来たのです。
 もし苦しみがニコデモを駆り立てなかったなら、やむにやまれぬ思いがニコデモを駆り立てなかったなら、ニコデモは主のもとには来なかったでしょう。

 ニコデモは恐らく努力家だったのでしょう。仕事をなしとげてユダヤの指導者になったのです。ユダヤの指導者となるためには、努力だけで十分でした。

 しかし努力家であるだけでは、人生は空しく苦しいのではないでしょうか。生きる意味を見出せませないニコデモが、イエスを訪ねたのではないでしょうか。

 「年をとった者が、どうして生まれることができるでしょうか」というニコデモの言葉には、はかなさがあります。自分がしょいこんだ苦しみと、もう一度生れるには、あまりに年老いた自分の悲しさが、ニコデモの心の中にあるのです。「稽古ごとは若いうち」「鉄は熱いうちに打て」とか言われるのが、この世の中です。そのニコデモが夜、友を求めた。友であるイエスを求めたのです。

 人間にとって大切なのは人との関係、特に親しい人々との関係です。時には人間関係ほど面倒なものはないと思ってしまうことがあるでしょうが、誰からも愛されていない、誰の役にも立たないとしたら、生きる力を失ってしまいます。もし嫌な上司のいる職場で、ストレスの多い仕事でそれに耐えているとしたら、それは愛する家族のためなのではないでしょうか。このように人は、家族の愛や、友人たちとの交わりに支えられて、はじめて生きていけます。そして生きる意味を見いだせるのです。苦しい時は友が助けとなります。逝去の時、誰しも友がそばにいて欲しいのではないでしょうか。すべての人間関係が切断され、壊され、信頼できるものが何一つなくなったら、人はつらくて生きていけません。コロナ禍の今こそ、そのことを考えたいのです。

 今は亡き樹木希林さんが西城秀樹についてこのように語っていました。「普通はアイドルでスターだった人は、その後、幸せになっている姿をあまり想像できない。でもチャーミングな奥さんと、秀樹より、もっときれいな顔をした子供たちに見送られたのは幸せだったと思う」「本人は無念だったかもしれない。でもそれなりに人生を全うできた。人生って、こういうものではないでしょうか。」カレーを食べながら、この話を聞きました。大昔の話ですが、不思議に心に残っています。家庭の温かさによって人は生きていけます。必ずしもそのように生きなかったと思われる樹木希林さんが、「人生って、こういうものなのではないでしょうか」と語ったことは印象的です。生きる意味へのヒントがそこにあると思います。

 苦しみに駆り立てられなかったら、ニコデモはイエスのもとには来なかったでしょう。世の苦しみは、私たちに祈る事を教えてくれます。苦しみは私たちを神のもとへと導いてくれます。そして幸いに出会うのです。
 眠れない夜に人生の神秘があります。

聖霊降臨日
2021年05月23日
特祷 祈祷書224頁
使徒言行録 2章1-11節
詩編 148編
使徒書 コリントの信徒への手紙T 12章4-13節
福音書 ヨハネによる福音書20章19-23節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ」、と使徒言行録は述べています。
五旬祭と言うユダヤ教の祭りの日に、巡礼者は神殿に参拝します。その巡礼にイエスの弟子たちが参加しました。その時、聖霊が下ったのです。

 イスラエルの民は、流浪の民でした。流浪の民が神殿に集まったのです。聖霊降臨とは人の集まりの出来事でした。しかも流浪の民のです。

 「わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかしそこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました。エジプト人はこのわたしたちを虐げ、苦しめ、重労働を課しました。……主はわたしたちの声を聞き、、、、、わたしたちをエジプトから導き出し…乳と蜜の流れるこの土地を与えられました。地をわれらにお与え下さいました」(申命記26章5-9節)。

 このイスラエルの民はエジプトから引き出され、乳と蜜の流れる地に定住します。しかし彼らのたどる運命は、イスラエルとユダへの分裂そしてバビロン補囚でした。アブラハム、イサク、ヤコブたちは、カナン定住の後ですら、土地を所有しない半遊牧民・寄留者であった、とドイツの社会学者マックス・ウェーバーは語っております。苦難と放浪の歴史がそこにあります。
 選ばれた民が放浪する。その歴史の逆説を、わたしたちはそこに見るのです。

 現在、わたしたちには祈るための聖堂が与えられ、美しいステインドグラス、蝋燭のともしび、教会暦ごとに色調の変わる祭壇が、人を祈りへと導きます。限りない安らぎと癒しの空間がそこにあります。
 しかし、わたしたちは留まり過ぎてはいないでしょうか。放浪することをやめ、指定席を得ようとしてはいないでしょうか。もし指定席に固執するならば、わたしたちは閉じた関係に生きていくことになりかねません。

 イスラエルの歴史は、わたしたちに寄留者とし生きることの力強さを示します。土地を持つ事無く放浪していく民の姿は、即ち真理を求めて旅する神の民の姿なのです。人の命を支える真理は、離散して苦難の中を生きるイスラエルの姿から立ち上がるものです。土地取得を果たしたイスラエルの今は、どうなのでしょう。

 さまよえるアラム人が神殿に集まった時、奇跡は起こりました。聖霊降臨の奇跡とは、皆が集まった時に起こりました。彼らは使徒達の話を理解したのです。使徒達が、他国語を話した、というよりは、他国語のままに意味が通じ合ったと理解してよいのではないでしょうか。
意が通じ合うとは、さまざまなことばの壁を超えて唯一の真理のことば、神の愛という「みことば」が人々の心に響いたということです。
 それはさまざまな障害を越えて、人々が集まった時に起こります。聖霊降臨の出来事は、社会、政治、文化の壁を超えて人が生きることを語るのです。

 私たちの先祖は、滅びゆくアラム人、さまよえるアラム人でした。

復活節第7主日(昇天後主日)
2021年05月16日
特祷 祈祷書223頁
使徒言行録 1章15−26節
詩編 47編(礼拝では省略)
使徒書 ヨハネの手紙T 5章9−15節
福音書 ヨハネによる福音書17章11c−19節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです」
 「わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。」「真理によって、彼らを聖なる者としてください」
 今日はこれらの言から、一つになること、真理によって聖なる者になること、について思いを深めて参りたいと存じます。

 わたしたちは、一つになる、ということをどう思うでしょうか。このことに好意的な人も多いと思います。しかし歴史を振り返れば、国家が一つとなって戦争を起こした事実、独裁政権を打ちたてて虐殺を続けた歴史があることに気づきます。
 その歴史を持つわたしたちは、どのようにしたら、道を誤ることなく一つとなっていけるのでしょうか。
 今日は聖書の語る一つになること、とは何なのでしょう。

 「わたしたちのように、彼らも一つとなるためです」、というイエスの祈りは、大祭司の祈り、として有名です。それは徹頭徹尾、父に祈りが聞き届けられるというみ子キリストの確信に基づいています。

 主イエスは父なる神とイエスが一つであるように、あなたたちも一つになりなさい、と祈ります。最初に一つになることの雛型を示しているのです。
 キリスト者は、父なる神をイエスが信頼して一つとなったように、父なる神の愛に招かれて一つとなります。

 ですから、すべてが同じ色に塗られてしまうようなものではありません。人間一人ひとりは別の人格なのですから、考えも感じ方も違います。個々は尊重されねばなりません。わたしたちはキリストにおいて一つなのです。
 そのことを忘れて、わたしたちがベタベタとした関係を構築するなら、それは堕落であり、そこにあるのは失楽園に他なりません。わたしたちはそのような世界から距離を置かねばならないのです。

 「彼らを聖なる者にしてください」というイエスの祈りは、弟子たちが世から隔たった者となることを祈るものです。

 聖なる者となること、それは世から隔てられることです。この世から離れることです。
 「彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです」、との祈りは、主イエスがご自身を聖なる者となさる祈りであり、弟子たちを聖なる者とする祈りです。

 弟子たちが、そして私たちが一つとなること、それは、神の愛に導かれ、聖なる者となることです。そのために私たちは、この世から隔たりを持たねばなりません。そのことによって、わたしたちはこの地上において聖所となっていくのです。

 生きている限りわたしたちは利害関係に巻き込まれます。わたしたちも、この地上で生きねばならないのですから、それは当然です。
 しかし信仰の訓練として、その利益を少しだけ手放してみたらどうでしょうか。自分の利益を手放すこと、それは不安を伴いますし、寂しいものです。
 
 それらのことを思い切ってやってこられたのが弟子たちでした。弟子たちは捨てることで、心に大きなものを得ました。そして聖人となったのです。

 わたしたちも捨てることで、この世の利益から離れることで、思いもよらない喜びが与えられます。心の中に聖所ができるのです。

まん延防止措置に伴う礼拝の休止
2021年05月11日
市川聖マリヤ教会 信徒・関係者 各位

十 主の平和がありますように。

新型コロナウィルスのまん延防止等重点措置期間が延長となりました。

これに伴い、市川聖マリヤ教会牧師及び教会委員会は対応を検討いたしました。

その結果、まん延防止措置期間が終了するまで礼拝を非公開とすることといたしました。

政府並びに県は5月末日までの措置延長を公表しています。しかし感染の状況によってさらなる延長もありえると考えます。従って当教会の礼拝非公開期間は、措置終了までとさせていただきます。

皆様のご理解を、よろしくお願い申し上げます。

また皆さまも日々、祈りのうちにお健やかであることをお祈りいたします。

日本聖公会横浜教区市川聖マリヤ教会
牧師 司祭 バルナバ 大野清夫
教会委員会

復活節第6主日
2021年05月09日
特  祷 祈祷書221頁
第一朗読 使徒言行録11章19-30節
詩  編 33編1-8、18-19節(礼拝では省略)
使 徒 書 ヨハネの手紙一 4章7-21節
福 音 書 ヨハネによる福音書15章9-17節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「わたしの愛にとどまりなさい」「わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる」。
 キリスト昇天を前にした主日に、教会は愛である神の働きを語ります。
 その神の愛は、どのように私たちに注がれるのでしょう。そして私たちは、どのように神の愛をうけとめるのでしょう。
 「あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる」という福音から、神の愛が、どのように私たちに現されるのか、そのことについて思いを巡らしたい、と存じます。

 「わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどま」るということは、戒めを守ることで私たちがキリストに愛される、ということではありません。この言の真意は、キリストが私たちを愛して下さるからこそ私たちは掟を守ることが出来るということです。
 キリストが愛して下さらないならば、私たちは戒めを守れません。掟を守ることすら、神の愛によってなされるものです。神の愛とはそれ程に大きいものです。

 世には愛の行為と呼ばれるものがあります。「友のために自分の命を捨てること。これ以上に大きな愛はない」という言に基づいて、多くの愛の行いがなされ、語られて来たことを思います。
 しかしそれらの数多い愛の行為とは人の行いの偉大さではなく、神の愛がその人に現れ出たものなのだ、ということに私たちは気づかねばなりません。

 愛の行いとは神の愛がその人に現れたことです。それは良き行いをしようとするエゴが、神の愛によって消え失せていった結果なのです。
 もし、私たちが人を救うことが出来たとしたら、それは愛である神がなさったことです。
 
 私たちはどれだけ多く、愛について語ってきたでしょうか。
 どれほど多く、愛について説教してきたことでしょうか。
 しかし大切なのは、愛について語ることでも。愛の行いについて語ることでもなありません。大切なのは、私たちが愛になることだったのです。

 そのことに私たちは気づいているでしょうか。
 愛は目に見えません。だからそのことに気づきにくいのです。

 しかし見えないことは大切です。愛は見えてはならないものなのです。見える形で愛が示されれば、私たちは英雄を生み出してしまいます。そして知らないうちにその英雄が独裁者になってしまうことを、私たちは経験してきました。

 神の愛は、雄弁ではありません。目に見える愛の業は、行為主義、能力主義を生んでいきます。何をどれだけ出来るか、という視点だけで人を評価する社会を生んでいきます。そこに、神の愛はありません。

 神の愛とは、ただ自分自身を与えることです。そのことで何かを得ることは神の愛の業ではないのです。

 大切なのは、愛を語ることでもなく、愛の行いを語ることでもありません。大切なのは、私たちが愛になることなのです。

復活節第5主日
2021年05月02日
特  祷 祈祷書220頁
第一朗読 使徒言行録8章26-40節
詩  編 66編1-8節(礼拝では省略)
使 徒 書 ヨハネの手紙一 3章18-24節
福 音 書 ヨハネによる福音書14章15-21節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」、「わたしは、あなたがたをみなしごにしてはおかない」、とイエスは語ります。この別の弁護者と言われるものが聖霊であり、真理の霊である、と福音は証言します。この聖霊の働きを今日は考えてみましょう。

 「この霊はあなたがたと共に」いる、と語られる通り、私たちのうちに、真理の霊が与えられています。真理の御霊とは、私たちと共にあり、私たちの日々を支えられる方だ、と福音は語るのです。

 その私たちの日々を考えてみましょう。私たちの日々は、順風の時、逆風の時があります。まさに山在り谷在りの人生です。しかし、そこに、しっかりと私たちの命を支えて下さる聖霊の働きがある、と福音は告げるのです。

 低気圧などが近づき、天候が崩れると、風が強く吹き、海は荒れます。昨日などはそのようなことを感じる天候でした。
 私たちは、恐らくその時、外出を控え、窓を閉めるでしょう。海岸などへ行くことなどは、あまりありません。
 その時、遠くから海を眺めると、普段は真珠のように滑らかな海面が、色も黒く変わり激しく荒れて、私たちに襲いかかってくるかのような印象を受けます。

 しかし、平静さを取り戻して、考えてみるならば、その海の底は、荒れ狂った海面とは裏腹に、静まり返っていることに気づくのです。
 海の底は常に静まりかえっています。私たちは、そのことを忘れているのではないでしょうか。
 それは心の内も同じです。私たちの心の奥底は、世の波風が激しくとも、奥底に神がおられて、静かであり確固としているはずなのです。
 問題は、私たちが、そのことを忘れて、動揺してしまうことなのではないでしょうか。

 リュティという神学者がこのようなことを語ります。
 とある画家が山の中の、静かな湖を描いた絵をかいたそうです。
 人里遠く離れた山の中で、さざなみ一つ立てない静かな湖面に山々の陰を写している絵なのですが、ある日その画家はその絵に満足出来なくなり、もう一つの絵を描いたのだそうです。

 それは、滝が勢い良く落ちている前に大木が枝を差し出していて、その枝に小鳥が巣を営んでいる絵です。
 滝はしぶきをあげて落下していますが、大木の枝に巣を営んでいる小鳥は、そのしぶきの中で、大変に安らかに描かれているのだそうです。
 それは風が激しく吹いても、水が増しても、その平安を乱すことは誰も出来ない、そのような印象を与える絵なのです。

 世は平安を、山の中にある、風一つない静かな湖のようなものとして求めるのかもしれません。 
 しかし、神が私たちに与えられるやすけさとは、嵐の只中にあって、巣に眠る小鳥のようになることなのではないでしょうか。
 さざなみ一つ立てない静けさは、決して本来の静けさではないでしょう。ある意味では「平安あるところに進歩なし」なのです。
 
 自らの人生を真摯に受け止めて、生きる時、必ず嵐のような時、試練、忍耐の時があるはずです。その嵐の時に、私たちを支えてくれるのは、心の奥底にある確かな静けさです。それが神の平安なのです。
 その静けさによって、私たちは、激しさの中において、やすけき者となることができ、強き者となることができるのです。

 それが聖霊なる神の働きです。主イエスは、どのような時でも私たちをみなしごにはせず、私たちを支える聖霊を送られるのです。
 聖霊は私たちの奥深くおられて、私たちを支え、守られます。

復活節第4主日
2021年04月25日
特  祷 祈祷書220頁
第一朗読 使徒言行録4章32-37節
詩  編 100編(礼拝では省略)
使 徒 書 ヨハネの手紙一3章1節-8節
福 音 書 ヨハネによる福音書10章11-16節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない」、と羊飼いは語ります。

 遊牧生活を送るうえで、外敵から羊を守るために、羊飼いは、自分が傷を負い命を失うことがあっても、主人から託された羊を守るために、勇敢に戦うことが求められました。

 当時のパレスチナの羊飼いの生活は半遊牧生活であったと言われています。広い牧場に柵があり、門があって羊はそこを出たり入ったりします。

 羊飼いは50〜100頭の羊の群れを追い、草のあるところを求めて旅します。羊は弱い動物のようで、1頭だけでいたらすぐに野獣に襲われて滅んでしまいます。羊飼いの役割は、羊を1つの群れに集め、狼や盗人から守り、草のあるところに導いていくことでした。

 夜になると羊は各地に設けられた囲いに入れられるのですが、この囲いは羊飼いたちが何世代もかけて作り上げたもので、所有者はいません。いろいろな羊飼いの羊が混じって夜を過ごします。朝になって囲いを出るとき、羊たちはちゃんと自分の羊飼いを知っていて、自分の羊飼いについていくのだそうです。羊飼いのほうも一匹一匹の羊を見分けることができます。こういう当時の実際の羊飼いの姿が背景にあって、きょうの譬えが語られています。
  
 羊飼いが「自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている」とは、お互いの関わりを表す言葉です。それは単に「その人について知識があります」という意味ではなく「その人と会ったことがあります」という程度の意味です。

 わたしたちにとってイエスを知るとは知識の問題ではなく、自分を救ってくださった主イエスとつながることです。

 イエスがわたしたちを知っていてくださるとはどういうことでしょうか。また、わたしたちがイエスを知っている、わたしたちがイエスの声を聞くとはどういうことでしょうか。「知る」「聞く」という言葉を手がかりに、わたしたちが復活して今も生きておられる主イエスとどのような関わり、交わりを生きているか、見つめ直してみましょう。

 主イエスを知り、そのみ言葉を聞いて、従っていくことが羊であるわたしたちの良き生きかたなのです。

 また、イエスはご自分を「羊の門」にたとえます。「わたしを通って入るものは救われる」(9節)と。わたしたちはイエスを通って神の国に入るのです。主イエスは人々を豊かな命に導く方です。

 羊飼いが命を捨てることが出来るのは、永遠の命へと導かれる復活信仰があるからです。羊のために命を捨てることが、喜びだ、と福音は語るのです。それは決して、忍耐に忍耐を重ねる、自虐的な行いではありません。

 福音の喜びに満たされて、喜びとして、羊のために命を捨てよう、という気持ち、信仰の尊さがここで語られます。それは殉教の喜びなのです。

 以前、山口県の教会で牧師をしている後輩を訪ねました。彼はわたしたちをあちこち案内してくれました。まずはサビエル記念聖堂を訪ねました。そして山口の殉教者、盲目のダミアンという方を知りました。毛利氏は浄土真宗の門徒であり、キリシタンを弾圧しました。琵琶法師であったダミアンは雄弁な説教師としてキリストの教えを説いたそうです。捉えられ尋問された折、ダミアンは「首を斬られても、焼き、あるいは氷責めやどんな拷問にかけられても、わたしは決してキリストの教えを棄てない。これこそ人間の救いとなる真の教えであるとわかっており、そのために命までささげる覚悟をしている」と答えたそうです。そして「信仰のために死ぬことは大きな喜びである」と語り処刑されたのです。

 萩の町ではキリシタン殉教者記念公園を訪ねようとしました。しかし見つかりませんでした。萩の殉教者として有名な方は、メルキオール熊谷元直です。毛利輝元に仕えた武将で毛利と婚姻関係にもある一族ですが、より大いなる主君キリストと出会い、非暴力と恥辱のうちに死ぬことを選んだとのこと。毛利輝元により処刑されました。他の武将に宛てた手紙に、「わたしは今、一度受けた信仰を一生のあいだ守ることを堅く決心した」「キリストの教えはどのようなことがあっても棄てない」と語り、処刑されたそうです。
 
 津和野では、殉教地乙女峠を訪ねました。雪深い津和野の、乙女峠の一隅に池がありますが、その氷の張った池に裸にされて投げ込まれるという拷問を受けたのは、病身の仙右衛門や甚三郎でした。また、安太郎は裸で雪の中の三尺牢(縦、横、奥行きが99センチメートルの立方体の牢屋) に入れられました。しかし彼は、毎晩12時頃になるとマリア様に似た女性が現れ、慰めを頂いていると言って、最後まで棄教しませんでした。

 津和野のマリア聖堂には、乙女峠での殉教の様子を物語るステンドグラスが8枚あります。このスライド一枚一枚に、尊く、悲しく、また許すことのできない残酷な行為が描かれています。もりちゃんという5歳の女の子に行った役人の拷問はそのようなものです。飢えに苦しんでいるもりちゃんに、役人はおいしいお菓子を見せて、「食べてもいいけど、そのかわりにキリストは嫌いだと言いなさい」と言ったそうです。もりちゃんは、「天国の味のほうがもっとおいしい」と答えたのでした。このように答えさせたのは、いったい何の力だったのでしょうか。

 8枚のステンドグラスのメッセージの一枚一枚を、時を追って考察することによって、当時のキリシタンの信仰の強さを再認識し、現在に生かせたらと思います。また同時に、この殉教がいつまでも語り継がれることを心から願ってやみません。

 これらすべての殉教が示すものは、羊のために命を捨てた良い羊飼い、主イエス・キリストに聞き従っていった人々の姿です。

 人が利益を求めて殺し合った時代に、盲目のダミアンは「わたしは決してキリストの教えを棄てない。これこそ人間の救いとなる真の教え」だ。「信仰のために死ぬことは大きな喜びである」と語ります。それは、主イエスのことばに聞き、従った人の行きついた幸いな姿なのでしょう。

 羊飼いに導かれること、それはただ守られて生きることではなく、死ぬことです。自分に死んでキリストに生きることなのです。そのことでわたしたちは神の国に入れられ、神の民にとされます。

 わたしたちは本当に自分に死んでいるでしょうか。萩、津和野の旅はそのような問題を投げかけてくれました。

まん延防止措置に伴う礼拝の公開休止
2021年04月18日
市川聖マリヤ教会 信徒・関係者各位

+主の平和がありますように。

市川市が新型コロナウィルスのまん延防止等重点措置の対象となりました。これに伴い、市川聖マリヤ教会牧師及び教会委員会は対応を検討し、以下の通りにすることと致しました。

(1)4月20日より5月11日まで、主日聖餐式を含むすべての礼拝の公開を休止する。
(2)礼拝以外の集会も休止とする。

主日聖餐式は5月16日より再開いたします。5月13日(木)の昇天日聖餐式も10時30分よりお献げする予定です。皆様のご理解をよろしくお願い申し上げます。

また皆さまも十分気をつけてお過ごしくださいますように。一日も早い収束をお祈り申し上げます。

市川聖マリヤ教会
牧師 司祭 バルナバ 大野 清夫
教会委員会

復活節第3主日
2021年04月18日
特  祷 祈祷書219頁
第一朗読 使徒言行録4章5-12節
詩  編 98編(礼拝では省略)
使 徒 書 ヨハネの手紙一1章1節-2章2節
福 音 書 ルカによる福音書24章36-48節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 弟子達は、恐れおののき、目の前のイエスを亡霊だと思います。イエスはその弟子たちに、「わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ」。肉や骨があるのを、よく見なさいと語り、手と足とをお見せになります。

 この主イエスの現れ方は不思議でした。弟子たちが復活の主イエスに出会った弟子たちの話を聞き、それについて話をしている。するといきなり復活の主イエスが現れ、弟子たちの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように。」と告げられたというのです。いったいどこから、いつこの部屋に入って来たのか分からない。弟子たちはびっくりして、恐ろしくなり、これは主イエスの亡霊だと思ったのです。

 この復活の主の現れ方は、まさに主イエスが「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイによる福音書18章20節)と言われたことの成就なのですが、弟子たちはそんな主イエスの言葉を思い出しもしません。亡霊だと思って恐れおののいたのです。
 この時弟子たちは、復活の主イエスと出会ったという報告を聞き、それについて話し合っていたのですが、実際に復活の主が現れると亡霊だと恐れおののいてしまうのです。復活された主とは思いません。主イエスの復活の報告を聞きながら、それについて話しておりながら、実際に復活の主イエスに出会うと幽霊だと思ってしまう。これは、私たちがいかに復活というものを信じられないかをはっきり示しています。

 復活を信じられない人でも、お化けや幽霊の話を信じる人はいます。いつの時代、どの国でも同じです。毎年夏になると、幽霊話がテレビで流され、映画も出来、多くの人が見ます。しかし、復活は信じないのです。
 しかし復活を信じたら、私共の生き方が根本から変えられます。

 復活の主イエスは弟子たちに告げます。「そこで、イエスは言われた。『なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。』」
何とかして信じさせようとする主イエスの言葉です。更に主イエスは、なおも信じられない弟子たちに向かって、「何か食べ物はあるか。」と言われ、焼いた魚を弟子たちの前で食べられたのです。
 幽霊は食事をしません。自分は幽霊なんかではないということを、これでもかと示されたのです。どうして主イエスは、これほどまでに、何としてもご自身の復活を信じる者にさせようとされたのでしょうか。どうして幽霊ではダメなのか。それは、幽霊は死に勝利していないからです。幽霊は死の支配の中にあるからです。復活は死を打ち破った命です。

 主イエスは信じない者を信じる者にしてくださいます。信仰とは与えられるものであるというのはそういうことです。私たちの内にあるのは、信じられないという頑なさです。しかし、その信じられない私たちを何とか信じる者にしようと、主イエスは心を砕き、働きかけて下さるのです。

 「イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて」とあります。聖書が分からない弟子たちの心の目を開いて、復活が分かるように、主イエスがして下さるのです。

 ここで主イエスは「わたしの手や足を見なさい。」と言われました。そして「こう言って、イエスは手と足をお見せになった。」そこに、十字架にかけられた傷があったに違いありません。しかし、「彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので」とは、おもしろい表現です。喜びの極致を言い表しているかの感があります。八木重吉の詩を思います。

 きりすと われによみがえれば 
 よみがえりにあたいするもの
 すべていのちをふきかえしゆくなり
 うらぶれはてしわれなりしかど
 あたいなき
 すぎこしかたにあらじとおもう

復活節第2主日
2021年04月11日
特  祷 祈祷書218頁
第一朗読 使徒言行録3章12a,13-15,17-26節
詩  編 111編(礼拝では省略)
使 徒 書 ヨハネの手紙一5章1-6節
福 音 書 ヨハネによる福音書20章19-31節

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」 
 復活のイエスは、トマスにこのように語ります。復活の主は、触れて信じること、見て信じることを否定するのです。この主イエスの語る、「見ないのに信じる人は、幸いである」とは、正確に訳すなら、「見たことがないのに信じている人々は幸いだ」というものです。この復活のイエスの、「見たことがないのに信じている人々は、幸いだ」、という言葉に、信仰とはどのようなものなのか、ということが示されています。

 まず、信じることです。その人が何をした人なのか、信じるに値する人なのか、そのようなことを考える前に、まず信じることなのです。まず信じることで、この世の中はうるおいあるものとなる、生きるに値する社会になると福音は語りかけます。疑いは罪である、そのことをトマスは私たちに告げるのです。
 
 命というものを、ただ単に生物学的に見るのではなく、神とのつながりの中に見てみましょう。私たちのいのちは神によって生かされているいのちなのです。これが聖書の根本的な見方です。復活とは、私たちが神によって主イエスの中に生かされている、ということを表すものです。
 主イエスは最後の最後まで神に信頼を持ち続け、出会った人々を愛し抜かれました。その最後の瞬間まで生きたイエスのいのちは、決して死で終わるものではなく、死を超えて神とのつながりを完成させていったのです。イエスが生きている間ずっと持ち続けていった神とのつながりが、死によって断ち切られずに、死を超えて完成したことを、復活という言葉でキリスト教は表そうとしています。

 もう一つのつながりは、主イエスは、苦しんでいる人、弱っている人、見捨てられている人に近づき、孤独な人と共にいて、一人ひとりの人間との絆を大切にされたこと、そのつながりの中を徹底的に生きられたことです。
 そのつながりも死によって断ち切られるものではなかった。主イエスは、今はもう目に見えませんが、ある意味で目に見えなくなったからこそ、あらゆる時代、あらゆるところにいる人と共にいる方となったのです。主イエスの神とのつながりが死を超えて完成していく、主イエスと私たち一人ひとりのつながりも死を超えて完成していくのです。
 復活とは、私たちが神とのつながりのなかで、人とのつながりのなかで生きることです。

 私たち一人ひとりの命も、ただ食べて、寝て、必要なものが揃っていて、体が丈夫でという、そういう命のレベルだけでなく、神とのつながりによって生きている命、人とのつながりによって生きている命を通して、キリストの命に与るのです。

 今の社会は神とのつながり、人とのつながりがどんどん失われているように思います。人間の深いところで私の命が目に見えない大きな力、愛によって生かされている、という感覚をだんだん人間は持てなくなっているのではないでしょうか。
 
 町の商店街がなくなり、量販店が幅をきかす社会になっています。お店に入ると、「今日はこれがいいよ」と言ってもらえる関係は、人間にとって大切です。人と人とのつながりがそこにあります。コンビニも確かに便利ですが、そこには人と人との絆が希薄なのではないでしょうか。

復活日
2021年04月04日
特  祷 祈祷書216、217頁
第一朗読 使徒言行録10章34-43節
詩  編 118編14-17、22-24節(礼拝では省略)
使 徒 書 コロサイの信徒への手紙3章1-4節
福 音 書 マルコによる福音書16章1-8節 

 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 主のご復活の喜びを申し上げます。

 しかしながら、今日の福音に喜びは示されていません。「だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」、という言葉で福音は終わるのです。
 
 イエスの復活に関わる記述は、マグダラのマリア達が「墓に行った」が、「石は既にわきへ転がしてあった」こと、そして若者の、「あの方は復活なさって、ここにはおられない」という証言です。
 
 婦人達はイエスのことを気にするあまり、朝早く墓に行きました。そして墓が空であることに気づき、正気を失ったのです。聖書は復活のさまを、「婦人たちは墓を出て逃げ去った」「震え上がり、正気を失っていた」「だれにも何も言わなかった」「恐ろしかった」と語るのです。
 
 マルコ福音書では男の弟子たちはイエスが逮捕されたとき、皆逃げてしまいましたが、女性の弟子たちは、最後までイエスに従い、イエスが十字架で息を引き取り、墓に納められるのを見届けています。

 その婦人たちですら、空の墓を見た時に、恐ろしくなってしまったのです。それほどに主の復活は、想像を絶する出来事だったのでした。

 しかしその復活信仰こそが、キリスト教の中心です。死んだ人が蘇るということは、にわかに信じることができないものですが、この復活信仰こそがキリスト教を魅力あるものとしているのです。

 この「復活」という言葉は、ギリシア語で「立ち上がらせられる」という意味です。英語聖書ではraised upと訳されています。
 力無く跪いてしまった人が、神様の恵みによって立ち上がり、歩き出すことが「復活」だと聖書は語っています。
 そしてその立ち上がる力は、死からも人を立ち上がらせる大きな力だと私たちは信じるのです。

 その復活信仰は私たちを希望へと導きます。ですからキリスト教は希望の宗教だと言えるのです。復活信仰を深めて行くことで、私たちは苦難の時でも明るく生きることができます。

 皆さんも教会生活を送ってこられ、その祈りと生活のなかで、どんな時にも共にいて「立ち上がらせて」下さる神様の力を経験されて来たのではないでしょうか。
 それは共に苦しみ、共に喜んだことから与えられる心です。復活信仰は身近にあり、私たちの心を育んで下さっています。

 2002年にYou Raise Me Upという歌が流行りました。荒川静香がトリノオリンピックのエキシビジョンで、この曲を使っていました。東日本大震災の折にも、被災者を励ますために歌われています。
 You Raise Me Upとは、「あなたが私を復活させる、立ち上がらせる」という意味です。復活信仰と重ね合わせることで、この歌の意味は深まります。復活の神が共におられることで、強い自分になれるのです。
 You Raise Me Upの歌詞はこのようなものです。

  心がしずんで 魂が疲れたとき
  悩みがあって 心に重荷を背負ったとき
  私はここで静かに待っていよう
  あなたが来て そばに座ってくれるまで

  あなたがいれば立ち上がれる
  高い山にも登っていける

  あなたがいれば立ち上がれる 
  荒れ狂う海も歩いていける
  私は強くなれる あなたの肩に抱かれていれば

  あなたがいれば立ち上がれる
  本当の私より強く

 どのような時でも、復活の主と共に、希望をもって歩んで参りましょう。
 イースターおめでとうございます。

復活前主日
2021年03月28日
特 祷 祈祷書212頁
旧約聖書 イザヤ書45章21-25節(礼拝では省略)
詩  編 22編1-11節(礼拝では省略)
使 徒 書 フィリピの信徒への手紙2章5-11節
福 音 書 マルコによる福音書15章1-39節


父と子と聖霊の御名によって アーメン

「祭司長たちは」「イエスを縛って引いて行き、ピラトに渡した」、と福音は語ります。イエスは、引き渡され十字架につけられます。では何故イエスは十字架につけられるのでしょう。
このことについて聖書は、「祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと」と記しています。

イエスが十字架につけられたのは、人のねたみのためだと福音は語るのです。
私たちは、誰でも等しく人をねたんでしまうのです。イエスを十字架につけたのはこの私だ、ということを復活日の前に、心にとめましょう。そしてその罪を神に懺悔することを、神は私たちに求めるのです。

わたしたちの罪、人をねたむ心、それは常に、私たちを襲います。
祭司長たちは、イエスを鼻持ちならないとして裁いたのですが、私たちも常に、人を、心のうちに裁いて生きています。そのことが、私たちの心を暗くしているのです。

私たちが、人を裁いた時、それが暗黙のうちであったとしても、裁かれた人は、そのことを本能的に感じるものです。
私たちは、無意識のうちに相手に何かを伝えるのです。ですから、裁かれた人は、自分が裁かれたことを感じとり、傷ついてしまうのです。

イエスは人に裁かれ、見捨てられます。その傷の深さはたとえようのないものです。「なぜわたしをお見捨てになったのですか」、と語る主イエスは、人生の不条理を、一身に身に受けているかのようです。
自分は民衆を引きつけた、弟子たちは自分に従った、婦人たちは自分の周囲にいた。これらのことが、みな否定されたのでした。
しかし、そこでこそ信仰が打ちたてられる、ということを、私たちは知るのです。復活のイエスは、民衆や弟子たちの裏切り、祭司長のねたみ、それら全てを赦します。そして、ただ、「あなたがたに平和があるように」と語るだけなのです。


「なぜわたしをお見捨てになったのですか」とは、ひたすら神に助けと救いを求める祈りの叫びであり、そこに、父なる神との深まった関係があります。神との関係に招き入れられた豊かさがあるのです。

私たちがその関係に入るには、受難から復活へと過ぎ越された、主イエスの道を、たどるしかありません。

それは、人の罪を担って生きることなのです。主イエスは、祭司長のねたみ、民衆や弟子たちの離反、それらの罪を一切批判することなく、その罪を一身に担って、十字架への道を歩まれました。

裁くのでなく、担う、それが、イエスの十字架です。人を裁くのでなく、主イエスは、祭司長たちの罪を、心から、愛をもって担われたのです。

罪人を裁き、そして遠ざけるのが人の常です。しかしイエスは、罪人に同情し、励まし、慰めて、その人を救うために力を尽くされます。忍耐と愛のうちに、罪人を自分の元へと引き寄せて、十字架につけられたのでした。

忍耐強く、裁くことはなさらない。罪人と共にいて、その人と共に歩まれた方が主イエスです。そしてその歩みこそが、やがて勝利すること、私たちは復活の日に知るのです。

神は、その人の罪を、忍耐強く受け止められます。私たちは、人の罪を指摘することは出来ません。そして罪を赦すことも出来ません。

罪を赦すのはわたしたちではなく、神の業だからです。私たちにできることは、祈ることです。
誰が悪い、誰が良い、という、そのような理由を越えて、ひたすら祈ることです。主イエスの十字架の道とは、そのようなものなのです。

主イエスは、すべての罪を担って、十字架にかけられます。そのイエスの姿に、私たちが見るものは何か。そのことを深く考え、思いつつ、聖週を共に過ごしましょう。

聖職者の異動のお知らせ
2021年03月27日
横浜教区の人事異動により、3月23日より司祭バルナバ大野清夫が牧師に就任いたしました。

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2021年2月
2021年03月13日
主が祈ってくださっている


牧師 司祭ダビデ渡部明央


 教会の周りのお宅の梅が満開に咲き、春の訪れを感じます。教会暦は、主イエスさまのご受難と復活を辿る大斎節に入りました。

私事で恐縮ですが、大斎節に入る前の2月3日から心臓の治療で1週間入院していました。2月7日の主日を病室で迎え、祈祷書と聖書を開き10時半にベッドの上で礼拝を献げました。代祷では、病気療養中の方々や様々な悩みや苦しみを抱えている人、逝去された兄弟姉妹を憶えて祈りました。しかしふと思いました。それは、今私のことを憶えて祈ってくださっている方がおられるということです。

司祭として聖務に励む中、多くの方と出会い、その方々のことを憶えて祈る毎日ですが、どちらかと言えば、私自身は誰かのために祈る方という、そういう意識が強くなっていました。

しかし私が日々の聖務に励むことができるよう祈ってくださっている方が大勢おられ、その祈りに支えられているということを病室で思いお越しました。そして今入院中の私のために祈ってくださっている方がおられることを思い、その祈りにどれだけ励まされ、支えられているか。祈りが活力となり、生きる力となることを改めて実感した次第です。

イエスさまが十字架にかかる前夜、マタイ、マルコ、ルカの福音書では、イエスさまが12人の弟子たちといわゆる最後の晩餐を行うことが記述されています。しかしヨハネによる福音書のみ、洗足とそれに続く説教が記されています。この説教は「告別説教」と言われ、弟子たちに向けた主イエスさまの長い説教です。

その説教の最終盤でイエスさまは父なる神さまに祈ります。「世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします」「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください」「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください」(ヨハネ17:9,11,21)

主イエスさまはご自分が十字架にかかられるという前夜にあっても、私たちのために父なる神さまの御守りを祈り、キリストにより一致することを願い、祈っておられたのです。

大斎節を過ごすにあたり、このイエスさまの祈りに思いを留めたいと思います。私たちは日々、イエスさまによって祈りをささげています。しかしそのイエスさま自身が弟子たちのことを憶え、祈りを献げてくださっている。私たちキリストの弟子が、主によって一つとされることを望み祈ってくださっているのです。主イエスさまご自身が私たちのために祈ってくださっている。この祈りを憶えるとき、私たちは真に神さまに感謝する道が開かれます。

私たち一人ひとりのためにイエスさまご自身が祈ってくださっている。その恵みに感謝して大斎節を過ごして参りましょう。

教会の花2
2021年02月18日


教会の花
2021年02月18日


「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2021年1月
2021年02月13日
弱さを知ること


牧師 司祭ダビデ渡部明央


 今年は2月17日から大斎節に入ります。大斎節は祈りと節制、断食をしながら主のご受難と復活を辿る時です。

 日本聖公会では、大斎始日(肺の水曜日)と主が十字架にかかられた聖金曜日が断食日と定められています。定められているといっても断食は強制ではありません、あくまで個人の意思で行うものです。しかし断食を行うことで、人はかくも弱き存在であるのかと知ることができます。

 断食をすると、当然「食べたい」という欲求が生じます。食べることは生きるために必要なことですから当たり前のことです。「食べたい」という欲求が生じると、しばらくして「断食なんて止めて食べちゃえばいい」という思いも生じます。そして交互にその思いが沸き起こり、せめぎあいます。そして葛藤し、簡単な方へと逃げ出したくなります。人はいかに弱いかが浮き彫りになります。

 しかしこの弱さこそ人間の本来の姿です。人はもともと吹けば飛ぶような塵にしかすぎません。その塵に主は命の息を吹き入れられ、人は生きるものとなりました。しかしわたしたちは知恵や力を身に着けることで塵であること、また弱き存在であることを忘れ、さも強き者のように錯覚します。大斎節の断食によって、わたしたちはその錯覚を削ぎ落し、本来の弱き姿と神によって生きるものとされたことを知ります。そして頼るものは自らではなく主であること。命の与え主である主に寄り頼む道が開かれます。
 
 大斎節は、自らの弱さと神によって命を与えられていることを知る最良の機会です。大切に過ごして参りましょう。

礼拝の公開休止のお知らせ
2021年01月07日
礼拝の公開休止のお知らせ


十 主の平和がありますように。


新型コロナウィルスの感染が広がり続ける中、すでに報道されていますように政府は本日夕刻にも緊急事態宣言を発令しようとしています。これに伴い、市川聖マリヤ教会牧師および教会委員会は対応を検討し、以下のことにすることと致しました。


@ 1月7日より、主日聖餐式を含むすべての礼拝の公開を休止する。
A 休止期間は、当面、緊急事態宣言が解除されるまでとする。
B 礼拝以外の集会も休止とする。


礼拝の公開を休止するとは、聖堂では司祭のみ礼拝をささげ、みなさんはそれぞれの場でお祈りをささげて頂くことです。
礼拝の公開を再開するときには改めてHP上にてお知らせいたします。

一日も早く収束し、世界に安心安全が訪れますようお祈り申し上げます。



日本聖公会 横浜教区
市川聖マリヤ教会
牧師 司祭ダビデ渡部明央
教 会 委 員 会

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2020年12月
2020年12月27日
新型コロナウィルスの影響により、感染拡大の第3波が押し寄せ、連日のように一日の感染者数がどこかの都道府県で更新されています。政府の新型コロナウィルス対策分科会は、感染が拡大している地域では年末年始の忘年会・新年会を基本的には控えるよう提言しました。また帰省を控えるよう訴える知事もいます。本当に大変な事態の中迎える今年のクリスマスとなりました。しかしこのような時だからこそ、いつも以上にみ言葉に耳を傾け、主のみ業に思いを留めたいと思います。

 降誕日に読むよう指定されている旧約聖書のイザヤ書はこう語ります。
闇の中を歩む民は、大いなる光を見
死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。
あなたは深い喜びと
  大きな楽しみをお与えになり、
人びとは御前に喜び祝った。
(イザヤ書9・1,2)

今、まさにこのみ言葉が深く染みわたります。新型コロナウィルスにより、世界中が深い闇にいるようです。しかし、主イエスさまの光は輝き、闇の中にいるわたしたちを照らします。その光に照らされ、わたしたちは大きな力と慰めを与えられるのです。そしてその光が世界中にそそがれています。すべての人の上に輝いています。キリストの光により世界に希望が与えられ、この事態にあっても互いに支えあい、乗り越えていく力が与えられていることを信じたいと思います。

恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ、主メシアである。          (ルカ2・10,11)

キリストの降誕は、民全体に与えられる大きな喜びです。民全体です。わたしにも、あなたにも、そして世界中の人にも。その恵みを味わい、クリスマスをお祝いしましょう。
クリスマスおめでとうございます!

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2020年11月
2020年12月03日
励まし合いなさい

司祭ダビデ渡部明央


 この原稿を書いている11月末時点で、新型コロナウィルスの感染が再び拡大しております。この数週間で千葉県を含め、いくつかの都道府県で一日の感染者数が最多を記録しました。政府は「この3週間が爆発的感染を抑えられるか勝負」とし、強い危機感を示しています。一ヶ月後の降誕日の諸礼拝も、例年のように大勢で集まって、というわけにはいかず、一定の制限をかけながらの礼拝になるでしょう。教会にとってはとてもつらく厳しいことです。しかしこのようなときだからこそ信仰の灯を絶やさず、主にある兄弟姉妹で互いに励まし合い、み子の降臨を待ち望みたいと思います。

 様々な国で行われていることですが、わたしが住んでいたフィンランドでは日本の年賀状のようにクリスマスカードを送る習慣があります。12月に入ると色とりどりのクリスマスカードが店頭に並び、人々は毎年どのカードを誰に送ろうかと悩み、楽しみます。

 それに倣うというわけではありませんが、今年はお互いにクリスマスカードを出し合ってみてはいかがでしょうか。新型コロナウィルスの影響で外出を控えておられる方も多く、普段会えた人と中々会えない日が続きます。親子でも兄弟姉妹でも友人でも、今は気軽に会えません。SNSやZOOMなどのツールの発展により、画面を通して会うことが簡単に出来ますが、どことなく寂しさも覚えます。

 こういう時だからこそ、互いに一筆添えたクリスマスカードを送りあえたら嬉しいですね。PCやスマホで簡単・便利な世の中ではありますが、しかし自筆でちょっと一言添えて送ってみる。送る方も頂く方も、気持ちが温かくなるのではないでしょうか。

 教会は主の降臨を待ち望むアドベントの期節に入りました。神が人となられて、わたしたちの内に宿ります。み子イエスさまは、主なる神さまがわたしたち人類に与えてくださった最大のプレゼントです。み子イエスさまに、神さまの愛と思いがたくさん込められています。み子イエスさまを通して、たくさんの温かさ、励まし、慰めが与えられ、わたしたちは平安に包まれます。

 主の御心を憶えてみ子の到来を待ち望みつつ、困難なときを互いに励まし合い、歩んで参りましょう。

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2020年10月
2020年10月25日
冬の先に訪れる春


20代前半の頃、北欧はフィンランドに留学していました。フィンランドは国土の約70%が森と湖に覆われ、約四分の一が北極圏に位置する北国です。フィンランドには厳しい寒さと長い冬があります。わたしはフィンランドの最南端の町に住んでいましたが、それでも北海道よりも緯度は高く、冬にはマイナス20度以下の厳寒日が何日も続きました。


しかしフィンランドの冬には、凍てつく寒さ以上に厳しいものがありました。それは「暗さ」です。フィンランドは高緯度のため、夏はほとんど太陽が沈まない白夜の世界になり、冬はその逆でほとんど太陽が昇らない極夜(きょくや)の世界になります。夏が過ぎ、駆け足で短い秋が過ぎると、フィンランドの太陽は急速にその姿を見せなくなります。目に見えて日は短くなり、12月の冬至前後はほとんど太陽は顔を出しません。わたしが居た町でも、12月の日照時間は4時間程でしょうか。午前10時半頃に朝焼けになり、午後2時頃には日が沈んでいました。


そのような暗い中でずっと生活していますと、人間の体調は悪くなっていくようです。一日の内大半が暗いと、一日中眠くなりました。体がシャキッとせず、猛烈に眠い状態が続きます。また太陽光を浴びない状態が長く続くと心身のバランスを崩す人が多く、病院などで特殊な光を当てて治療すると聞きました。わたし自身も、暗いということがこれほど人体に影響を与えるものかという事を身をもって経験しました。


しかしその様な暗く、厳しい冬があるからこそ、光り輝く春を迎える喜びは大きなものでした。長く、暗い冬の後訪れる春には、太陽は輝き、草花は目覚め、全ての生命がよみがえります。冬至が過ぎ、日一日と日照時間が長くなる嬉しさ、そして喜び。まさに闇の世界を抜けて辿り着く春は、命溢れる世界なのです。その春を迎えることがどんなに嬉しいことか。それは単純に、厳しい冬を乗り越えての春の訪れを祝うというものではなく、まさに生きるということや、命の輝きによる喜びなのです。


今、世界は新型コロナウィルスにより大きな困難の中にいます。それはまるで暗く厳しい冬にいるかのようです。しかし冬の後に春が来るように、この事態の後に光輝くときが来ることを願ってやみません。世界中で安心して人の行き来ができ、互いに安全に過ごせる日が来るよう信じて祈りたいと思います。


輝く大地 春の光 浴びて 
たたえの声あげ 喜び踊る
命と力 今 この世に流れ
光に照らされ われらは生きる
(日本聖公会聖歌集173番1、3節)


主に希望をおき、世界中に春が訪れるのを待ち望みたいと思います。

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2020年9月
2020年09月27日
主とともに生きる


牧師 司祭ダビデ渡部明央


 わたしたち人間にとって、自分の体というのは本当によく分からないものです。というよりも自分の体のことなのに、自分ではコントロールすることができないですね。痛かったり苦しかったり気持ち悪かったり、その変調を自分ではなかなか整えることができません。もちろん薬を使えばある程度は抑えることができます。しかし薬を飲んでいても体の不調を自分で整えることができない。言い換えれば、自分の体なのに「自分の思い通りにはならない」のです。


考えてみれば、自分の気持ちだって自分でコントロールできないのではないでしょうか。怒り、憎しみ、不安、恐れ、悲しみ、苦しみ…。自分の気持ちも自分自身ではなかなかコントロールできず、思う通りにはいきません。


人生もそうでしょう。なかなか自分の人生思う通りには進みません。すべて願ったり叶ったりとはいかず、挫折、失望、喪失を少なからず経験します。すべて思い通りの人生とはいかないのではないでしょうか。


病気になりたくて病気になる人はいないでしょう。挫折したくて挫折する人もいないでしょう。わたしたちの人生や体には思いもよらぬことが訪れます。「なんでこんなことが」と悲嘆にくれるかもしれません。しかし主は、そのようなわたしたちを支え、励ましてくださります。主はわたしたちの思い通りの道を備えてくださるわけではありません。しかしわたしたちの側にいて、「安心しなさい。恐れることはない」と励ましてくださるのです。その主を仰ぎ見るとき、「思い通りにいかない」と嘆くのではなく「主とともに生きる」道が開かれるのです。


主は悩みの内にある者を支え 
倒れる者をすべて立たせてくださる
主はおられる、助けを求める人の近くに 
心から祈る人の傍らに
(詩編145編14,18節 祈祷書訳)


主がわたしたちを支えてくださることを信じ、ご一緒に歩んでまいりましょう。

主教書簡「ウィルス感染の再拡大への対応について」
2020年08月14日
横浜教区の各教会・伝道所・礼拝堂 御中


ウイルス感染の再拡大への対応について


✟主の平安をお祈りいたします。

ウイルスの新規感染者は5月には一旦、減少へと転じました。しかし、7月に入りますと、再び増加に転じて4月の感染者数を上回り、殊にここ1週間の全国の新規感染者数は一日平均1300人を超え、また6日には神奈川県で119人、千葉県で76人と一日で過去最多の感染が報告されており、各地で市中感染が広まっているものと考えられます。
つきましては、5月にお配りしました「礼拝指針(改訂版)」(5月25日付)を更に今一度、ご確認いただき、引き続きその周知・徹底をお願いいたします。

なお、横浜教区の4県における、8月6日までの1週間の人口10万人当たりの新規感染者数の平均を見ますと、千葉県の5.99人に対して静岡県は2.55人と2倍以上の開きがあり、教区全体で一律に礼拝の休止を判断するには地域差が大きく、今後は教会ごと(あるいは地域ごと)での判断が求められるものと考えており、その判断を尊重して参りたいと思います。
従いまして、以下のように対応をお願いいたします。

それぞれの教会ごと(あるいは地域ごと)の状況を踏まえ、牧師(管理牧師)と教会委員会で主日および平日(聖日を含む)の礼拝の可否を検討し、再休止の必要を判断した際は教区主教に申し出るようにしてください。

状況によっては、教区主教より教区全体もしくは教会ごと(あるいは地域ごと)に礼拝の再休止を要請する場合もあります。

なお、37.5°以上の熱もしくは咳が2日以上続いている方は、念のため礼拝出席をお控えください。

それに加えまして、公共交通機関を利用されて教会に来られる方の場合、殊に東京都に隣接する神奈川県および千葉県北西部地域にある教会の皆さま、また持病のある方やご高齢方は、感染防止の観点から決して無理をなさらず、自宅においてその主日の特祷を用い、聖書日課を読み、朝の礼拝をささげることなども含め、改めて感染防止のための対応をご検討くださいますようお願いいたします。

もし教役者とその同居の家族および礼拝出席者の中で感染者が出た場合は、更なる感染拡大を防ぐため、少なくとも2週間、教会でのすべての礼拝および集会を休止し、教区主教にすみやかに報告してください。

このようなウイルス感染の拡大が収束することと、感染された方、医療に携わっておられる方、また健康上および経済上のさまざまな困難・困惑の中にある方、そして7月の豪雨によって被災された方を憶え、主の癒しと慰め、励ましと御守り、祝福をお祈りいたします。

主にありて


2020年8月7日
主教イグナシオ入江 修

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2020年6月
2020年07月01日
人間を照らす光

牧師 司祭ダビデ渡部明央


「バッタ博士」の異名を持つ昆虫学者、前野ウルド浩太郎著『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書、2017年)を読みました。前野博士はバッタに触りすぎてバッタアレルギーになるというバッタ専門の昆虫学者で、アフリカのモーリタニアでサバクトビバッタの研究に従事。本書はその研究活動を記したものですが、興味深い一文が記されていました。

 バッタの夜行活動を研究しようと前野博士は夜中にサハラ砂漠に行き、バッタを追いかけることに熱中するあまりふと気が付くと帰り道が分からなくなったことがあったそうです。星も出ておらず方向感覚も失い、砂漠の真ん中で遭難。暗闇に取り残され、茫然と立ち尽くし不安ばかりが募る中、必死になって大声で助けを呼ぶと、異変に気付いたスタッフが野営地からライトを照らしたことで現在地が分かり窮地を脱したそうです。この時、遭難地点から野営地まではなんとたったの200mしか離れていなかったとか。しかし真っ暗闇の砂漠の中進むべき方向も分からず、命を落としかねないという恐ろしい目に遭ったと記しています。

 真っ暗な闇夜の日は砂漠に慣れている遊牧民ですら遭難することがあるそうです。前野博士は、「闇の中では光が命綱になる。夜に砂漠に繰り出すときには、車の屋根に灯台代わりにランタンを置くことにした。こうすると、平坦なところでは3km離れていてもテントの位置が分かる。」(同書63頁)と語っています。

 砂漠と違い電気がある街中では真っ暗闇はそう経験できません。殊に現代の日本では完全な闇はないといってよいでしょう。しかし真の闇というのは、わたしたちの方向感覚を失わせ、恐怖を覚えさせます。わたしは沖縄のガマ(洞窟)で真の闇を経験したことがあります。懐中電灯のライトを消し、わずか2,3分真っ暗闇の中にいただけなのに、次第に冷や汗が出てきて自分がどこにいるのか、どちらを向いているのかすら分からなくなりました。それほど真の闇は人間に恐れを覚えさせます。

 人生において、光のささない闇の中にいるような感覚に陥るときがあります。もうどうしていいのか分からず、深い闇にいるようなときがあります。しかしそのようなわたしたちに主は光を与えてくれます。顔をあげることも祈ることもできないとき、言葉にならないわたしたちの叫びや痛みを主はお聞き下さり、闇にいるわたしたちに光を与えて下さいます。その光に照らされ、わたしたちはまた立ち上がる力、生きる力を頂きます。

「人間を照らす光」(ヨハネ1:4)である主は「世に来てすべての人を照ら」(ヨハネ1:9)します。主イエスさまがわたしたちを照らして下さっていることを信じ光のさす方へと歩んで参りましょう。

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2020年6月
2020年05月31日
神のまなざし

牧師 司祭ダビデ渡部明央

 5月25日に、全国的に緊急事態宣言が解除されました。これに伴い、横浜教区では6月7日の主日をめどに横浜教区内全ての教会で主日礼拝が再開されることとなりました。3月1日の大斎節第1主日から実に3カ月ぶりの主日礼拝の再開です。

 しかし緊急事態宣言が解除されたといっても、決してウィルス感染の脅威がなくなったわけではありません。現在も感染の脅威は続いており、安全な状態とは程遠いです。

 市川聖マリヤ教会では、礼拝での3密を避けることなど感染予防を念頭に礼拝再開に向けて準備をしています。礼拝が再開してもしばらくは「今まで通り」とは残念ながらなりません。当面、教会の礼拝も一定の制限を設けながらになります。詳しくは色付きの別刷り「市川聖マリヤ教会礼拝再開について」をご覧ください。わたしたち一人ひとりの安全を守りつつ、礼拝をささげてまいりたいと思います。ご理解のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

 礼拝休止期間中、『すべてのいのちを守るため 教皇フランシスコ訪日講話集』(カトリック中央協議会)を読みました。昨年11月に教皇フランシスコが4日間訪日し、東京、長崎、広島で講話したものをまとめたものです。

 教皇は東京で開かれた青年たちの集いで、「祈り」について、ある霊的指導者の言葉としてこう語っています。

祈りとは基本的に、ただそこに身を置いているということだと。心を落ち着け、ただ神が入ってくるための時間を作り、神に見つめてもらいなさい。…中略…祈りとはただ神に「見つめて」もらうことに他ならない。(同書111頁)

 祈りはわたしたちの願いを神さまに伝えるものではなく、神さまが入る時間を作り、神さまに見つめてもらうこと。このことをわたしたちは祈る際に心したいと思います。

 わたしたちの頭や心は様々なことで一杯です。祈るときも沈黙しているようで雑念が沸き上がり、また自分の願いばかり神様に伝えているのではないでしょうか。しかし祈りはむしろ神さまに自らを明け渡し、神さまのまなざしに気付くことです。

 幼稚園で幼子を見つめる親のまなざしは愛に満ちています。それと同じように、神の子であるわたしたちに、親である神さまの愛に満ちたまなざしが注がれています。せっかく神さまが愛に満ちたまなざしで見てくださっているのに、祈っている時ですらあれやこれやと思い煩っていてはもったいない。自宅での祈りが増える日々、神さまの愛のまなざしを感じて祈りをささげて参りましょう。

主日礼拝の再開のお知らせと感染予防のお願い
2020年05月31日
 横浜教区では、緊急事態宣言が解除されたことに伴い、教区内すべての教会で6月から主日礼拝を再開することになりました。
これに伴い市川聖マリヤ教会でも、6月7日の主日より、礼拝を再開いたします。
 
 しかし緊急事態宣言が解除されたといっても、決して安全安心になったわけではなく、感染の脅威がなくなったわけではありません。そこで牧師と教会委員会および礼拝部会で礼拝での感染予防について協議を重ねてまいりました。礼拝は再開いたしますが、次のことを皆さまにお願い申し上げる次第です。

@礼拝での密集、また教会への往復の感染リスクを減らすため、
6月は、誕生月に分けて月1回の礼拝出席をお願いいたします。


6月7日(日)は、1月から3月生まれの方がお越しください。
6月14日(日)は、4月から6月生まれの方。
6月21日(日)は、7月から9月生まれの方。
6月28日(日)は、10月から12月生まれの方。

7月は、誕生月に分けて月2回の礼拝出席をお願いいたします。
7月5日(日)は、1月から6月生まれの方がお越しください。
7月12日(日)は、7月から12月生まれの方。
7月19日(日)は、1月から6月生まれの方。
7月26日(日)は、7月から12月生まれの方。

基本的には上記の分け方に従いご参列をお願いいたします。
なお、以下の場合はその限りではありません。
・ご家族で来られている方は、家族の中のどなたかの誕生月にお越しください。
・ご自分の誕生月にご都合が悪い方は、6月は月1回、7月は月2回を目安に他の週に振り替えてお越しください。

※感染状況よっては変更となることがあることをご了承ください。


A教会入り口で検温をいたします。

B体調がすぐれない方、平熱より高い発熱がある方、風邪の症状(咳、鼻水、のどの痛み、倦怠感など)がある方は、礼拝への出席をお控えください。同居のご家族に同様の症状がある方も礼拝への出席をお控えください。

C体調に少しでも不安のある方は、ご無理をせずにご自宅で祈りをおささげください。

D教会に来る際以下のものを持参してください。

・祈祷書
・聖書または聖餐式聖書日課(必要な方は)
・室内履き
(教会スリッパはありません。感染予防の為ご自分の室内履きをご用意ください。)
・記名用のペン
・ご自分用の飲み物

※聖歌集は必要ありません。


E礼拝前に、礼拝堂入り口の献金箱に、信施及び月約献金等を入れてください。

F礼拝中はマスクを着用してください。

G礼拝は、教区の「礼拝指針(改訂版)」に基づき45分程度です。礼拝時間は従来通り、8時と10時半です。

H当面礼拝以外のプログラムは引き続き休止いたします。礼拝終了後は、密集を避け、速やかにご帰宅ください。

礼拝再開は大きな喜びであり、皆さまとお会いできるのは大変嬉しいことです。一方で感染予防を徹底するため、上記のお願いを皆さまにする次第です。どうぞご理解いただきますようよろしくお願い申し上げます。

市川聖マリヤ教会
牧師 司祭ダビデ渡部明央
教会委員会

こもれび
2020年05月27日


教会に咲く花々6
2020年05月27日


教会に咲く花々5
2020年05月27日


教会に咲く花々4
2020年05月12日


教会に咲く花々3
2020年05月12日


教会に咲く花々2
2020年05月12日


教会に咲く花々
2020年05月12日


5月7日以降の礼拝休止のお知らせ
2020年05月01日
横浜教区では、緊急事態宣言が解除されるまで、5月7日以降も、すべての教会での礼拝が休止となりました。

市川聖マリヤ教会でも、5月7日以降も礼拝を休止といたします。

牧師 司祭ダビデ渡部明央

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から 2020年5月
2020年04月26日
新型コロナウィルスの影響により、横浜教区では3月1日より、教区内すべての教会で主日聖餐式が休止する事態となり、ついにイースター礼拝も教会で共にささげることができなくなりました。中国の武漢で話題になり始めたころには、まさかこのような事態になるとは想像していませんでした。

いつもは大勢集まる礼拝堂ががらんとしています。わたしは非公開で主日に聖餐式をささげていますが、自分の声が響く聖堂はなんと寂しいことでしょう。

普段は、「教会に来てください」と呼びかけるのに、この2か月余りは「教会には来ないでください!」と言わなければならず、司祭として身が切られるような思いです。しかし神さまから頂いた命を守るため、致し方ありません。

緊急事態宣言、外出の自粛、人との接触を7割から8割減らすことなど、今まで経験したことのないことが続いています。生活環境も仕事の環境も大きく変わりました。感染してしまうかもしれない、知らないうちに誰かに感染させてしまうかもしれないという恐怖と毎日わたしたちは戦っています。そしてこの事態がいつ収まるのか分からない、先が見えないということがより一層不安にさせます。ストレスと緊張による「コロナ疲れ」でへとへとでしょう。

しかしこのような時こそ主を仰ぎ見て過ごしてまいりたいと思います。

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイ11:28)

「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」(マルコ6:50)

みなさまはそれぞれの自宅で、様々な思いを胸に祈られていることと思います。わたしたちが主に祈るとき、イエスさまが共にいてくださることが示されます。イエスさまは不安と恐れを抱えるわたしたちを癒し、励ましと平安を与えてくださります。

そして、同じように主に結ばれた兄弟姉妹がいることをわたしたちは覚えたいと思います。今は教会で皆さんとお会いすることができません。しかしこのような時にあっても主に祈り、イエスさまの励ましのもと、日々を暮らす兄弟姉妹がおられる。なんと心強いことでしょう。

見よ、兄弟が共に座っている。
なんという恵み、なんという喜び。
(詩編133編1節)

共に集い礼拝をささげるという当たり前だったことが、なんと尊いことかと実感しています。しかしまた必ず共に座り、祈りをささげられる日が来ます。夜明けは必ず訪れるのです。また教会でお会いできる日を楽しみに。みなさんに祝福を祈ります。

教会からのお願い
2020年04月10日
十 主の平和がありますように

4月7日に政府より緊急事態宣言が出されましたが、千葉県はその対象地域になっております。
お伝えしています通り、当教会はこれに先立ち、4月5日以降も、すべての礼拝と集会を休止としております。

司祭は定時に非公開で礼拝をささげていますが、
信徒の皆さまはくれぐれもご自宅にて祈りをおささげください。自宅で聖書のみ言葉に触れ、祈り、主のご受難からの復活を迎えて頂きますようお願いいたします。

そして医療に携わる方々、このような事態にあってもわたしたちの生活を支えるために働く人たちのためにお祈りください。

一日も早く、また聖堂に集まって共に礼拝をささげ、主にある喜びを分かち合うことができるよう、今は「三つの密」を避け、手洗い・うがいの徹底、7割から8割人との接触を避けるよう努めてください。

ご理解を切にお願いいたします。


「しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」(ヨハネ16章22節)

このような時にあっても、神の恵みはわたしたちに注がれています。
堅く主を信じ、ご一緒に歩んで参りましょう。


2020年受苦日
市川聖マリヤ教会 牧師
司祭 ダビデ 渡部明央

4月5日以降の礼拝休止のお知らせ
2020年03月31日
新型コロナウィルスの感染が広まっており、
4月5日(日)以降も、主日礼拝およびすべての礼拝と集会を休止と致します。

今回休止期限は未定となっています。再開する時はまたお知らせいたします。

教会の最も大事な時期である聖週、そして主のご復活を共に集い祝うことができなくなったことは、大きな痛みであります。しかし一人ひとりの命を守るため、休止と致しました。

皆さまにおかれましては、それぞれの地で、み言葉に触れ、祈り、主のご復活の時を迎えて頂きたく存じます。

感染で亡くなられた方々の魂の平安と、感染された方々の快復、また早期の収束をお祈り申し上げます。

市川聖マリヤ教会
牧師 司祭 ダビデ 渡部明央


3月15日から29日までの主日礼拝休止のお知らせ
2020年03月12日
新型コロナウィルスの感染拡大予防のため、
3月15日から29日までの主日礼拝を休止と致します。

皆さまはどうぞ各家庭で主日にお祈りくださり、
み言葉に触れ、霊的陪餐にあずかってお過ごしになられますように。

感染の収束をお祈りいたします。

牧師 司祭ダビデ渡部明央

教会からの大事なお知らせ
2020年02月28日
教会からの大事なお知らせ

新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、市川聖マリヤ教会は、
3月1日(日)と8日(日)の主日聖餐式を休止と致します。

主日聖餐式を皆さまと共にささげることはできませんが、
どうかそれぞれの地で特祷を祈り、聖書のみ言葉に触れ、
人びとのために代祷をささげて主日を守って頂きたく存じます。

皆さまが1日と8日の主日を、それぞれの地で豊かに過ごすことが
できますようお祈り申し上げます。

感染の早期収束を祈ります。

在主

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2020年3月)
2020年02月23日
「主よ、憐れみたまへ」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 2月26日から今年も大斎節に入ります。大斎節の期間は7週間であったり36日であったり、時代や地域によってまちまちでしたが、次第に整えられていき、40日間大斎を守るというように日にちが固定されました。40日という数字は、主イエスが荒れ野で四十日四十夜サタンから誘惑を受けられたこと、またモーセがシナイ山で四十日四十夜主と共におられたことに由来します。

 元々大斎節は、復活日に洗礼を受ける人たちの最後の洗礼準備の期間でした。時代を経るにつれ、洗礼志願者だけではなくすべてのキリスト者が「主の復活の前に悔い改めと断食をする期間」として大斎を守るようになっていきました。今日では、「大斎を失う者は一年を失う」という言葉があるように、すべてのキリスト者にとって大斎節は大変重要な期節となっています。

 大斎節は「祈り」「断食「節制」の期間です。「断食」も「節制」も、自分の欲や力を満たそうとすることとは反対の事柄です。むしろ「断食」や「節制」をすることによって、自分の「弱さ」や「足りなさ」が浮き彫りになります。自分が、いかに弱い存在であるかが示されます。

 大斎始日の礼拝の中で、灰の十字を額にしるします。その時、「あなたはちりであるから、ちりに帰らなければならないことを覚えなさい」というみ言葉が示されます。そのみ言葉の通り、わたしたち人間は地の塵から造られ、神様の息によって生きとし生ける者となりました。しかし人間は知恵、力、経験などを身につけることで、自分が強い者であるかのように錯覚してしまいます。しかし本来わたしたちは地の塵であります。そこに命を与えてくださったのは神なのです。

 「断食」「節制」の日々を送る時、わたしたちの弱さが浮き彫りになります。しかしそれは同時に、自らを傲慢とすることからわたしたちを引き離し、謙虚さと、神さまへの服従の道が開かれます。

 主よ、憐れみたまへ

 2000年にわたるキリスト教において、最も多く唱えられてきた祈り「主よ、憐れみたまへ」。この祈りは、神さまの前に立ち、弱さを抱える人の祈りです。同時に、命を与えてくださった神さまへの感謝に溢れる祈りです。これからもわたしを神のものとしてください。そのような心からの祈りなのです。

 弱さを通して神さまへの道が開かれます。「主よ、憐れみたまへ」と祈り、今年も大斎節を過ごして参りたいと思います。

2020年3月の主な礼拝と行事
2020年02月23日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

3月1日(日)大斎節第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
3月5日(木)
 10:30 聖書の学び
3月6日(金)
 10:30 世界祈祷日礼拝(日本基督教団三本松教会)
3月8日(日)大斎節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
3月12日(木)
 10:30 3月逝去者記念聖餐式
3月14日(土)
    幼稚園卒園式
3月15日(日)大斎節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
3月19日(木)聖ヨセフ日
 7:00 聖餐式
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
3月20日(金)
 10:30 北総・東総地区婦人大斎静想日(福田聖公会)
3月22日(日)大斎節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
3月25日(月)聖マリヤへのみ告げの日
 7:00 聖餐式
3月29日(日)大斎節第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2020年2月)
2020年02月01日
「誰かに助けてもらうことは、恥ずかしいことじゃない」
 
牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 昨年12月、NHKBS1で放送された、『グレートレース 最強王者を倒せ!死闘!絶海の孤島レユニオン425km』を観ました。インド洋にある絶海の孤島・レユニオンで行われたアドベンチャーレースの世界一決定戦の様子を放送したものです。世界各地から強者が集い、1チーム4人でラン、ボート、自転車など様々な種目をこなし、密林、絶壁、洞窟を抜け、川を下り、昼も夜も走り続けて425kmのタイムを競い合います。

 優勝候補は大会4連覇中のニュージーランドチーム。他のチームは打倒ニュージーランドを目標に大会に挑みます。

 しかしそのニュージーランドチームの一人が不調に陥り、遅れが生じます。一人でも欠ければゴールはできません。不調の選手は、自らの不調によりチームに遅れを生じさせてしまい、悔しい表情を浮かべます。しかしその時、チームリーダーのネイサン選手が助けの手を出します。ネイサン選手は、自らも自転車をこぎながら片方の手で不調の選手を後ろから押して助けたのです。

 ネイサン選手は、アドベンチャーレースの世界では数々の実績を残してきた選手。しかし年齢を重ね、体力が落ち、以前のように強者ではなくなりました。しかし彼は自らの衰えを受け入れ、他の選手の助けを受けることを良しとしてきました。自身も他者の助けを借りることがあるからこそ、ネイサン選手は不調の選手に助けの手を伸ばしたのです。

 ネイサン選手だけでなく、他の2人も不調の選手をかばい、不調の選手の重い荷物を代わりに担いで助けます。

 ニュージーランド選手のひとりが言います。
 「誰かに助けてもらうことは、恥ずかしいことじゃない。」

 わたしはネイサン選手とニュージーランドチームに感銘を受けました。わたしたちもそれぞれ多くの悩みや不安、恐れを抱えて生きています。子育て、思春期の子どもとの関係、学校、職場、将来、介護、年を取ること、病気など、ひとそれぞれ悩みは尽きません。

 でも一人で抱え込まずに、相談していい。打ち明けていい。わたしたちも苦しいとき、悩むとき、落ち込むとき、誰かの助けを受けていいのです。ニュージーランド選手が言うように、誰かの助けを受けることは恥ずかしいことではないのです。

 教会に来て、誰かに話をするだけで心が落ち着く事もあります。お互いに話し合う事で、悩みを共有できたりアドバイスを頂くこともあります。

 そして、神さまに祈りを通してわたしたちの思いを打ち明けてみましょう。「神さま助けてください」「主よ、どうしたらよいですか。」主はわたしたちの声をお聞きくださります。

  「主はおられる。助けを求める人の近くに、
   心から祈る人の傍らに」(詩編145編18節 祈祷書訳)

 今年もイエスさまに助けて頂き、歩んで参りたいと思います。

2020年2月の主な礼拝と行事
2020年02月01日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

2月2日(日)被献日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
2月6日(木)
 10:30 聖書の学び
2月7日(金)〜8日(土)
    北総信徒修養会(ホテルプラザ菜の花)
2月9日(日)顕現後第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
2月13日(木)
 10:30 2月逝去者記念聖餐式
2月16日(日)顕現後第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
2月20日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
2月23日(日)大斎節前主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
2月24日(月)使徒聖マッテヤ日
 7:00 聖餐式
2月26日(水)大斎始日(灰の水曜日)
 10:30 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2020年1月)
2019年12月25日
「み子はあなたのもとに来られた」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 クリスマス、おめでとうございます。

 毎年クリスマスイブの礼拝には、祭壇上にたくさんのろうそくを設置し、火を灯します。降誕日前夕、照明をおとした礼拝堂に、祭壇のろうそくに明かりが灯る時、み子イエスさまのご降誕の喜びが訪れます。ろうそく一本一本の光は弱く、小さい物ですが、しかし暖かさと明るさをわたしたちに運びます。安全上の問題から近年は行うことができませんが、一昔前は、会衆も一本一本手持ちのろうそくを持ってイブ礼拝をささげました。祭壇のろうそくの火をサーバーが取り、会衆席の前列の方から順に手持ちのろうそくへと火を受け渡していく。自分のろうそくに火が灯る時、まさにみ子がわたしたちの元に来られたことが実感できます。

 日本聖公会聖歌集102番
 1 深い闇のさなかに きらめく星は
   道に迷う人への 神のまなざし
   ※メリーメリークリスマス 神のみ子よ
    ハレルヤ クリスマス 歌え喜べ
 2 風にすさむ砂漠に 先出る花は
   涙ためた人への 神のかがやき
   ※
 3 疲れ果てた心に ささやく声は
   待ちこがれた人への 神の訪れ
   ※

 人生を生きる中で、道に迷ったように感じる時もあれば、暗い闇の淵にいるように感じる時もあります。自分の力ではどうにもならず、どうしていいか分からずに下を向いてしまう時もあります。

 しかしそのような時であっても、み子イエスさまにわたしたちが触れるとき、わたしたちに光が射し込みます。闇に一筋の光が射し、神の御守りがわたしたちに示されます。み子はわたしたち一人ひとりに光を照らし、慰めと励まし、希望と平安を与えてくださるのです。

 マタイ伝によれば、み子は別名インマヌエル、「神は我々と共におられる」と呼ばれる方です。聖書が示す通り、イエスさまはわたしたちと一緒にいてくださり、わたしたちの重荷を負い、疲れた者を癒し、生きる力を与えてくださります。そのみ子イエスさまはわたしたちのもとへと来られました。その大きな恵みに感謝し、クリスマスを喜び祝いましょう。

2020年1月の主な礼拝と行事
2019年12月25日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

1月1日(水)主イエス命名の日
 11:00 聖餐式(新年礼拝)
1月5日(日) 降誕後第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 新旧合同教会委員会
1月6日(月)顕現日
 10:30 聖餐式
1月9日(木)
 10:30 1月逝去者記念聖餐式
1月12日(日)顕現後第1主日・主イエス洗礼の日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 マリヤ子供絵画教室
 13:00 聖歌隊練習
 午後  建築懇談会
1月16日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
1月18日(土)
 14:00 キリスト教一致祈祷週間合同礼拝(市川八幡キリスト教会)
1月19日(日)顕現後第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 男子会総会
 13:00 教会建築委員会
1月23日(水)
 10:30 教区婦人会総会(横浜聖アンデレ教会) 
1月24日(金)
 18:30 北総宣教協議会    
1月25日(土)使徒聖パウロ回心日
 7:00 聖餐式
1月26日(日)顕現後第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 礼拝後 堅信受領者総会
 13:00 婦人会総会

クリスマスは教会へ−クリスマス諸礼拝のご案内−
2019年12月24日

市川聖マリヤ教会では、クリスマスの様々な礼拝を行います。
どなたでもご参列いただけますので、ぜひお越しください。
今年のクリスマスは教会で過ごしてみませんか。
※下記に記載されている所要時間はあくまでも目安です。

★クリスマスイブ礼拝
12月24日(火)
 午後7時〜(所要時間約1時間30分)
私たちの教会のルーツである英国国教会で生まれた“Lessons and Carols”(聖書朗読とクリスマスキャロルによる礼拝)の形式に則り、クリスマスイブ礼拝をお献げします。
終了後、玄関ホールで軽食やお茶をご用意しています。

★降誕日(クリスマス)礼拝
12月25日(水)
 午前0時〜 第一聖餐式(所要時間約50分)
 午前7時〜 第二聖餐式(所要時間約50分)
 午前10時30分〜 主礼拝(第三聖餐式)(所要時間約1時間30分)
古来からの伝統により、降誕日(クリスマス)には深夜、早朝、朝の3回、聖餐式(ミサ)をお献げします。
主礼拝の終了後、祝会を行います(会費:400円、中学生以下200円。)。

その他、下記のとおり聖餐式が行われます。堅信受領者及び初陪餐がお済みの方は、1月6日までの降誕節中に、私たちを生かしてくださるご聖体(パンとぶどう酒)にあずかりましょう。

12月26日(木)午前7時 最初の殉教者聖ステパノ日・聖餐式
12月27日(金)午前7時 福音記者使徒聖ヨハネ日・聖餐式
12月28日(土)午前7時 聖なる幼子の日・聖餐式
12月29日(日)午前8時 午前10時30分 降誕後第1主日・聖餐式
2020年
1月1日(水)午前11時 主イエス命名の日・聖餐式
1月5日(日)午前8時 午前10時30分 降誕後第2主日・聖餐式
1月6日(月)午前10時30分 顕現日・聖餐式

Christmas services at St. Mary's Anglican Church in Ichikawa
2019年12月24日
+Tuesday 24th December 2019(Christmas Eve)
7.00pm A Festival of Nine Lessons & Carols

+Wednesday 25th December 2019(Christmas Day)
0.00am Holy Eucharist(Mass)
7.00am Holy Eucharist(Mass)
10.30am Holy Eucharist(Mass)

+Thursday 26th December 2019(Saint Stephen's Day)
7.00am Holy Eucharist(Mass)

+Friday 27th December 2019(Saint John The Evangelist's Day)
7.00am Holy Eucharist(Mass)

+Saturday 28th December 2019(The Innocents' Day)
7.00am Holy Eucharist(Mass)

+Sunday 29th December 2019(The Sunday after Christmas Day)
8.00am Holy Eucharist(Mass)
10.30am Holy Eucharist(Mass)

+Wednesday 1st January 2020(The Circumcision of Christ)
11.00am Holy Eucharist(Mass)

+Sunday 5th January 2020(The Second Sunday after Christmas Day)
8.00am Holy Eucharist(Mass)
10.30am Holy Eucharist(Mass)

+Monday 6th January 2020(The Epiphany)
10.30am Holy Eucharist(Mass)

マリヤコンサート
2019年12月01日

 当教会のクリスマス前の恒例行事である「マリヤコンサート」を行います。

 今年は、オルガニスト・作曲家である坂本日菜さん(日本聖公会横浜聖アンデレ教会信徒)を迎え、日本に数台しかない貴重な手回しパイプオルガン「オルガネッタ」による演奏を披露していただきます。

 終了後には、玄関ホールで簡単な茶話会も予定しています。

 日曜日の午後、教会の礼拝堂で「オルガネッタ」の優しい音色に癒やされてみませんか。

★日時:12月8日(日)13時45分開場 14時開演
★会場:市川聖マリヤ教会礼拝堂
    千葉県市川市八幡3-19-11
    JR・京成・都営地下鉄本八幡駅から徒歩数分
★入場無料。
★事前申込不要。
★お子さん歓迎。どなたでもお気軽にご入場ください。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年12月)
2019年11月24日
「主を待ち望む」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 今年も12月1日から降臨節(Advent)に入りました。アドベントはラテン語のアドベントゥスが語源ですが、「到来」や「来臨」という意味があります。アドベントという言葉が示しているように、降臨節はみ子イエスさまの誕生(降誕)を待ち望むという趣旨があります。しかしそれだけではなく、降臨節には、世の終わりの時に救い主イエスさまが再びこの世に来られるのを待ち望むという意味があります。降臨節はこの二つの意味で、イエスさまの到来を待ち望む期節なのです。

 降臨節になると、祭壇の祭色は紫に変わります。祭色の紫には「悔い改め」「備え」「節制」「慎み」という意味があります。教会暦で紫を用いる期節は、降臨節と、イースターに向けて備える大斎節がありますが、大斎節の紫がどちらかというと「悔い改め」や「節制」に重きが置かれているのに対して、降臨節の紫は「備える」「慎み」という意味が強いです。この降臨節の紫が表しているように、降臨節は、イエスさまの到来やクリスマスをただ待ち望むのではなく、慎みをもって待ち望む時なのです。12月の街中はクリスマスイルミネーションで彩られ、華やかですが、教会は静かに、慎みと祈りをもって主イエスさまの到来を待ち望みます。

 降臨節第4主日の特祷に耳を澄ましてみましょう。

 「全能の神よ、み子の訪れによってわたしたちを清め、心の闇を照らしてください。」

 生きているとわたしたちは様々な闇を抱えています。恐れ、不安、孤独、悲しみ、悩みなど、闇が濃くなればなるほど、わたしたちの苦しみは増します。しかし、そのような闇を抱えるわたしたちを照らし、イエスさまはわたしたちの闇を取り払ってくださると、降臨節第4主日の特祷は祈ります。イエスさまは光よりの光です。闇の中で苦しむ私たちに希望の光を照らし、豊かな生へと導いてくださるお方です。そのことを信じ、イエスさまの到来を待ち望む降臨節を、祈りと慎みをもって大切に過ごして参りたいと思います。

2019年12月の主な礼拝と行事
2019年11月24日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

12月1日(日)降臨節第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
12月5日(木)
 10:30 聖書の学び
12月8日(日)降臨節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 14:00 マリヤコンサート
12月12日(木)
 10:30 12月逝去者記念聖餐式
12月14日(土)
    中高青ボーリング大会(本八幡スターレーン)
12月15日(日)降臨節第3主日
 8:00 聖餐式
 10:30 聖餐式
 13:00 マリヤ子供絵画教室・日曜学校合同クリスマス会
12月19日(木)
 9:30 幼稚園クリスマス
 14:00 清山荘訪問
12月21日(土)使徒聖トマス日
 7:00 聖餐式
12月22日(日)降臨節第4主日
 8:00 聖餐式
 10:30 聖餐式
12月24日(火)
 19:00 クリスマスイブ礼拝
     祝会
     キャロリング
12月25日(水)降誕日
 0:00 第1聖餐式
 7:00 第2聖餐式
 10:30 主礼拝
     祝会
12月26日(木)最初の殉教者聖ステパノ日
 7:00 聖餐式
12月27日(金)福音記者使徒聖ヨハネ日
 7:00 聖餐式
12月28日(土)聖なる幼子の日
 7:00 聖餐式
12月29日(日)降誕後第1主日
 8:00 聖餐式
 10:30 聖餐式
2020年
1月1日(水)主イエス命名の日
 11:00 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年11月)
2019年10月27日
「地の秩序を保つ責任」
 
牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 10月12日から13日にかけて台風19号が猛威を振るい、東日本に甚大な被害が起こりました。同じように大型で強い勢力をもった台風15号から、わずかひと月余りでの出来事です。房州など千葉県では、まだ台風15号の被害が鮮明に残る中での19号の襲来でした。

 台風19号により、長野県の千曲川や茨城県を流れる那珂川など68の河川で125ヶ所の堤防が決壊し、およそ4万棟の住宅で浸水被害が起こりました。この原稿を書いている10月18日時点で、78人が亡くなり、9人が依然として行方不明となっています。また、19の都県で170件の土砂災害も起こりました。政府は、今回の災害を、東日本大震災や阪神淡路大震災と同じく、「特定非常災害」に指定いたしました。

 わたしの実家は神奈川県の藤沢市にあり、海まで徒歩5分、川まで徒歩1分の所に位置し、今回早々に警戒レベル4「避難勧告」地域となり、実家の親もしばらく避難所に避難いたしました。わたしが知る限り、その地域での避難勧告は初めてです。

 皆さまのお住まいの地域、またご関係者の皆さまの地域でも、大変な被害が起こった所もあると思います。今回の災害により、ご逝去された方々の魂の平安と、すべての被災者に慰めと励ましがありますよう、切にお祈りいたします。

東日本大震災の時の津波もそうでしたが、今回の大雨と河川の氾濫によって、水の脅威をまざまざと感じました。水はわたしたちが生きていく上で欠かせないものです。しかし一方で水はわたしたちの命を奪うものです。その水の恐ろしさを痛感しました。

 近年、地球温暖化が原因となって起こる自然災害が多いと言われています。今回も、温暖化により海面や深海が暖められて発生する海洋熱が、台風19号の勢力を強大化させたと言われています。わたしたち人間は今、地球との向き合い方、自然との向き合い方を問われているのではないでしょうか。先日国連で演説した16歳のスウェーデン人少女、グレタ・トゥーンベリさんの言葉は痛烈でした。

 創世記で神さまが人を造られた時、主は命じます。「生めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」(創世記1章28節)。ここで言われている支配とは、この地の全てを人間が好き勝手にしていいという意味ではありません。神さまが造られたこの地が、「極めて良い」世界として秩序を保てるよう、その管理を人間は任されているのです。自分たちの都合の良いように地を支配するのではなく、神さまが造られた地のの素晴らしさを保つよう、その責任を負っているのです。わたしたちはその意味をしっかりと受け止める必要があるのではないでしょうか。

2019年11月の主な礼拝と行事
2019年10月27日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

11月1日(金)諸聖徒日
 10:30 聖餐式
 14:00 八千代霊園墓参
11月3日(日)聖霊降臨後第21主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
11月10日(日)聖霊降臨後第22主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
11月14日(木)
 10:30 11月逝去者記念聖餐式
11月17日(日)聖霊降臨後第23主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式 主教巡杖 洗礼・堅信式
 14:00 教会建築委員会
11月21日(木)
 14:00 清山荘訪問
11月22日(金)〜23日(土)
    横浜教区教区会(横浜聖アンデレ主教座聖堂)
11月24日(日)降臨節前主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
11月30日(土)使徒聖アンデレ日
 7:00 聖餐式
 10:30 市川聖マリヤ幼稚園創立70周年記念礼拝

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年10月)
2019年09月29日
「わたしたちの本国」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 毎月第3木曜日、信徒の方数名と、市川市柏井町にあります特別養護老人ホーム、清山荘に訪問しております。清山荘への訪問は1984年からはじまったと記録にありますので、既に35年続いております。午後2時から3時までの一時間、清山荘のホールで入居者の方と一緒に体操をしたり、懐かしのメロディーを歌ったり、楽器演奏をして過ごします。穏やかでゆったりとした時間が流れるひと時です。ご関心のある方は、司祭までお声がけください。ぜひ一緒に訪問致しましょう。

 清山荘で懐かしのメロディーを歌うとき、入居者の方々のお顔は一様に輝いています。「赤とんぼ」「ふるさと」「みかんの花咲く丘」などを歌いつつ、「なつかしいね」「うれしいね」との言葉が入居者の方々の口からこぼれ出ます。きっと歌を歌いながら、子どもの頃のことや自分の故郷のこと、父親、母親の顔などを思い浮かべておられるのでしょう。そして、歌を通して懐かしの故郷や懐かしの家族に出会っておられるのだと思います。

 しかし、わたしたちの本国は天にあります。(フィリピの信徒への手紙3章20節)

 わたしたちは、命の源である神さまによって造られました。主なる神さまのおられる場所が、わたしたちの本当の故郷であり本国である。聖書はそのように証します。

 その本国である天から主イエスさまは来られました。神が人となられてわたしたちの所に来られたのは、わたしたちに神の愛を示し、わたしたちを本国であり神様のおられる天へと導くためです。

 わたしたちはイエスさまがいなければ、御父のいる天へと向かうことができません。イエスさまを通さなければ、天がどこにあるかわたしたちには分からないからです。

 しかし手を合わせて「主よ」と祈るとき、聖書のみ言葉に触れるとき、礼拝をささげ、聖餐にあずかるとき、イエスさまを通してわたしたちは父なる神さまを仰ぎ見ます。そして、イエスさまを通してわたしたちは本国である天へと向かうのです。

 イエスさまこそがわたしたちを、わたしたちの本国である天へと導いてくださる方です。

 主に従い行くは、いかに喜ばしき。

 ご一緒に主イエスさまに導かれ、本国におられる御父を仰ぎ見て参りましょう。

2019年10月の主な礼拝と行事
2019年09月29日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

10月5日(土)
 13:00 キリスト教勉強会「神の民の共同体「み言葉の礼拝」を学ぶ」(講師:吉田雅人主教)
10月6日(日)聖霊降臨後第17主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
10月10日(木)
 10:30 10月逝去者記念聖餐式
10月13日(日)聖霊降臨後第18主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 マリヤ子供絵画教室
 13:00 キャンドル会
10月17日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
10月18日(金)福音記者聖ルカ日
 7:00 聖餐式
10月20日(日)聖霊降臨後第19主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     教会建築委員会
10月27日(日)聖霊降臨後第20主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
10月28日(月)使徒聖シモン・使徒聖ユダ日
 7:00 聖餐式(司祭出張のため中止)
11月1日(金)諸聖徒日
 10:30 聖餐式
 14:00 八千代霊園墓参

「第30回 北総宣教協議会 キリスト教勉強会」のご案内
2019年09月10日

 「教会は何よりも『神の民』の共同体です」。これは、今年の聖霊降臨日に主教会から出された「日本聖公会宣教160周年を迎えて」の中の言葉です。更に「信徒の働きと参加は聖職の働きと同様に大切である」とあります。今、聖職の減少は深刻で、すでに多くの教会が主日礼拝を信徒による「み言葉の礼拝」で守っています。これから益々このような状況は、どの教会においても増えていくことと思われます。

 そこで、今年は、「神の民の共同体−「み言葉の礼拝」を学ぶ」と題して、「み言葉の礼拝」式文の編さんに中心となって携わられた日本聖公会東北教区の吉田雅人主教様をお迎えし、「み言葉の礼拝」について、その積極的な意味と内容について学び、またその実践面での具体的な課題について分かち合いの時を持ちたいと願っています。すでに「み言葉の礼拝」を経験された方、まだご存知のない方々もどうぞご参加くださいますようご案内いたします。

【第30回 北総宣教協議会キリスト教勉強会】
「神の民の共同体−「み言葉の礼拝」を学ぶ」
★講師:主教ヨハネ吉田雅人(日本聖公会東北教区主教)
    1953年姫路市生まれ
    立教大学文学部キリスト教学科、聖公会神学院卒業
    1980年執事按手、1982年司祭按手
    日本聖公会神戸教区の諸教会で牧会に従事
    2002年から2017年までウイリアムス神学館館長
    2017年主教按手、第8代東北教区主教に就任
    現在、日本聖公会礼拝委員会委員長、祈祷書改正委
    員会委員長、管区共通聖職試験委員
★日時:10月5日(土)13:00〜15:30
★会場:市川聖マリヤ教会
    千葉県市川市八幡3-19-11
    JR・京成・都営地下鉄本八幡駅から徒歩数分
★会費:300円
 ※事前申込不要。直接会場にお越しください。
★主催:日本聖公会横浜教区北総宣教協議会

「マリヤバザー2019」のご案内
2019年09月10日

 市川聖マリヤ教会及び市川聖マリヤ幼稚園では、毎年恒例の「マリヤバザー」を開催します。

 今年も教会・幼稚園内外の皆様と楽しいバザーにすべく、準備を進めています。

 なお、当日の収益は、2024年に予定されている教会(礼拝堂)建築及び幼稚園の諸活動のために献げられます。

 多くの皆様のご来場を心からお待ちしています。

【マリヤバザー2019】
★日時:9月29日(日)午前11時〜午後2時
★場所:市川聖マリヤ教会・市川聖マリヤ幼稚園

※雨天決行。
※協賛券の抽選会は午後1時からです。
※協賛券は当日も販売します。
※当日の聖餐式は日曜学校と合同で午前9時30分から行います。
※午前8時からの聖餐式は通常通りです。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年8・9月)
2019年07月27日
「令和の時代 平和を祈る」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 横浜聖クリストファー教会の牧師時代、4年間聖ヒルダ会ベタニヤ・ホームのチャプレンを兼牧していました。毎週月曜日にベタニヤ・ホームに行き、午前中ベタニヤのチャペルで入居者さんと聖餐式をささげ、昼食を一緒に頂いた後、午後はベタニヤの方々と色々な話をしたり病者訪問に行っていました。

 その頃、ベタニヤ・ホームの入居者さんたちの有志で、戦争体験をつづった『わたしたちの戦中・戦後』という小冊子が作られました。巻頭に小冊子が作られた目的が記されています。以下、掲載します。

 「わたしたちはベタニヤ・ホームにお世話になっている普通の老人です。多かれ少なかれ、戦争中の苦い経験を潜り抜けてきました。戦争中の話は、テレビやドラマ、小説などで聞いたり見たりした方は多いと思います。でも、生きている普通の、庶民の老人の実際の体験を知ることは少ないのではないでしょうか。−中略− わたしたちの先は短いです。わたしたちが死に絶えたら庶民の体験談は無くなってしまうでしょう。みんなで少しずつ書いてみることにしました。トツトツとです。ああすべきだとか、こうすべきだった、とかの大論文ではありません。ありのままの体験と、感じたこと思うことなどです。読んでくださる方が、そこから何かをくみ取ってくださったら幸せです。」

 巻頭の言葉にあるように、冊子にはとつとつとそれぞれの体験談が語られています。長く書いている方もいれば、短い方もおられます。長短あっても、そこには「戦争が忘れられ、また戦争を起こしてしまうのではないか」という危機感が表れています。

 ここ数年「〜ファースト」という言葉がしきりに使われています。自分たち優先、自分たちの為に、といったことでしょうか。この考え方は実はわたしたちの生活にも日々表れます。

 わたしたちはともすればすぐに自己中心、自分勝手な生き方に陥ります。そして自分こそが正しいという考えをすぐに持ってしまいます。しかし主は、「互いに愛し合いなさい」と命じます。自分中心の生き方を捨て、神様中心に生きるよう主イエスさまはわたしたちに呼び掛けます。

 自己中心の生き方が蔓延する時、平和は簡単に「自分たちだけの平和」になってしまいます。自分たちだけ良ければいいということになってしまいます。

 「互いに愛し合いなさい」というみ言葉には、「わたしがあなたがたを愛したように」という言葉が付きます。主がどれほどわたしたちを愛しておられるか。そのことを憶える時、自己中心の生き方から解放され、互いに愛し合う生き方へと変えられていきます。

 令和の時代が真に平和の世になるよう祈り、私たち自身も互いに愛し合う生き方を求め、次の世代に平和を尊さを伝えて参りたいと思います。

2019年8・9月の主な礼拝と行事
2019年07月27日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

8月4日(日)聖霊降臨後第8主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 教会委員会
8月6日(火)主イエス変容の日
 7:00 聖餐式
8月8日(木)
 10:30 8月逝去者記念聖餐式
8月11日(日)聖霊降臨後第9主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
8月13日(火)〜15日(木)
    千葉県サマーキャンプ(千葉市少年自然の家)
8月15日(木)〜16日(金)
    千葉県中高生キャンプ
8月18日(日)聖霊降臨後第10主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
8月24日(土)使徒聖バルトロマイ日
 7:00 聖餐式
 17:00 夕涼み会
8月25日(日)聖霊降臨後第11主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
9月1日(日)聖霊降臨後第12主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 教会委員会
9月5日(木)
 10:30 聖書の学び
9月8日(日)聖霊降臨後第13主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 子供絵画教室
9月12日(木)
 10:30 9月逝去者記念聖餐式
9月15日(日)聖霊降臨後第14主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 14:00 教会建築委員会
9月19日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
9月21日(土)福音記者使徒聖マタイ日
 7:00 聖餐式
千葉県教会音楽祭(船橋市民文化ホール)
9月22日(日)聖霊降臨後第15主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
9月23日(月・祝)
 10:30 横浜教区記念日礼拝(主教座聖堂)
9月29日(日)聖霊降臨後第16主日
 8:00 聖餐式
 9:30 聖餐式
11:00 マリヤバザー
9月30日(月)聖ミカエルおよび諸天使の日
 7:00 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年7月)
2019年06月30日
「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ」
 
牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 信仰者にとって大切な行いのひとつに沈黙があります。沈黙とは心を神さまに向ける所作であり、神さまの御言葉・御業を傾聴する姿勢です。口を閉じて自ら語ることを止め、神さまの御言葉・御業に心を向けることは、信仰者にとってとても大切なことです。

 沈黙することは、キリスト教に限らず、古くから多くの宗教で大切にされてきました。聖書を開いても、神に向かう者にとって沈黙することがいかに大切であったことかが分かります。「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ」(詩編37編7節)、「わたしの魂は沈黙して、ただ主に向かう。神にわたしの救いはある」(詩編62編2節)。また新約聖書のヨハネの黙示録でも天上の礼拝での沈黙の様子が記されています(黙示録8章1節)。

 礼拝の中における沈黙は、罪の赦しを祈る前や聖書朗読の前後になされます。また朝夕の礼拝は、「主よ、わたしたちの口を開いてください」「わたしたちは主の誉れを現します」(詩編51編15節)という唱和で始まりますが、これは礼拝前に沈黙していることが前提となっております。

 礼拝前の沈黙は神さまの御声・御業に備える大切な時です。神さまの前に座し、自ら語ることを止め、神さまの御声を聴く準備をして礼拝に備えます。そして沈黙したまま礼拝が始まるのを待ちます。ですから礼拝前は聖堂内での不要不急な会話は避け、挨拶は会釈程度に留めて、心と体を神さまに向かわせます。わたしたち信仰者は、礼拝の前に自らの心と体を神さまに備える沈黙の時を大切にしたいと思います。

 しかしただ沈黙し、心と体を神さまに備えるというのも、実際にはなかなか難しいことです。沈黙していても、わたしたちの頭の中には様々な思念が次から次へと沸き上がります。口を閉じていても、頭の中で気になることや思い浮かんだことをあれやこれやと思い巡らしていては、神さまに心と思いを向けることができません。

 そのような時、射祷と呼ばれる短い祈りを心の中で唱えて頂きたいと思います。射祷とは、そういった湧き上がる様々な思いから自らを解放し、心と思いを神さまに向かわせるために、古来より信仰者が用いてきた短い祈りです。

 伝統的な射祷の一つに「主イエス・キリスト、神の子よ、我を憐れみたまえ」があります。この短い祈りを心の中で何度も何度も唱えることで、頭の中に湧き上がる思念をキリストの憐れみによって打ち消し、わたしたちの心と体を神さまに向かわせます。そしてわたしたち自身をキリストで満たすのです。

 どうぞ礼拝前の沈黙を大事にし、心と体を神さまに向かわせ、礼拝に備えてまいりたいと思います。

2019年7月の主な礼拝と行事
2019年06月30日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

7月4日(木)
 10:30 聖書の学び
7月7日(日)聖霊降臨後第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
7月11日(木)
 10:30 7月逝去者記念聖餐式
7月13日(土)
 13:30 教会委員研修会
7月14日(日)聖霊降臨後第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 マリヤ子供絵画教室・夏のお楽しみ会
7月18日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
7月21日(日)聖霊降臨後第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
7月22日(月)マグダラの聖マリヤ日
 7:00 聖餐式
7月25日(木)使徒聖ヤコブ日
 7:00 聖餐式
7月28日(日)聖霊降臨後第7主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年6月)
2019年05月26日
「主につながることを求めて祈る」
 
牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央
 
 毎年当教会は、5月第2週に創立記念をお祝いしていますが、今年は5月12日に、創立85周年をお祝いいたしました。またこの日は、敬老の祝いも行い、ご長寿の恵みに与った兄弟姉妹の皆さまを覚え、感謝の祈りをおささげ致しました。

 1934年3月9日、市川伝道の命を受けて、松本正雄司祭は銚子の教会から市川に移ってきました。その最初の日の夜、正雄司祭は次の祈りをささげられたそうです。

 主よ、此の新たな地に於いて
 何人に頼むにも増して主に頼ましめ給へ
 主よ、此の土地に於いて
 何人にも親しむにも増して、主と親しめ給へ
 主よ、此の土地に於いて
 何事を喜び、楽しむにも増して、
 主に喜ばるることを喜び楽しましめ給へ

 この祈りは、『松本老先生の思い出集』に収められていますし、当教会の75周年記念に作成されたしおりにも印字されていますので、ご存知の方も多いと思います。

 松本正雄司祭が市川に来られた時、市川開拓伝道の命を受けたものの、土地もない、礼拝堂もない、海外宣教団体からの資金援助も受けられない、信徒は市川に数名わずかにいるだけという状況でした。しかも、最初に借りた仮住まいは、わずか二ヶ月で所有者が転売し、追い出されることに。前途多難な船出でありました。

 そういう状況の中、市川での開拓伝道が始まりました。その中で松本司祭は先の祈りをささげられたのです。

 この松本司祭が祈られた祈りは、市川の教会にとって大切な祈りであると思いますし、教会の宝の祈りであると思います。当教会の始まりは、先も見通せないほどの濃い霧がかかる海に船を出すようなものでした。しかしそこに主イエスさまがおり、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」(マタイによる福音書6章27節および並行箇所)と声をかけてくださっているのです。その主イエスさまを仰ぎ見て、自分自身がしっかりと主につながって生きていけますように、と松本司祭は祈られました。

 わたしたち自身の人生にも、色々な事がありますが、しかし主イエスさまがわたしたちを支え、導いてくださります。その主を信じて、しっかりとイエスさまにつながって生きていくことができますように、わたしたちも祈りたいと思います。そして、当教会の85年から先の歩みも主の導きがあることを信じ、主イエスさまで満ち溢れますようにと祈り求めて参りたいと思います。

2019年6月の主な礼拝と行事
2019年05月26日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

6月2日(日)復活節第7主日(昇天後主日)
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
6月6日(木)
 10:30 聖書の学び
6月9日(日)聖霊降臨日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     教会建築委員会進捗状況説明会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
 13:00 キャンドル会
6月11日(火)使徒聖バルナバ日
 7:00 聖餐式
6月13日(木)
 10:30 6月逝去者記念聖餐式
6月16日(日)三位一体主日・聖霊降臨後第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 幼稚園保護者の集い
6月20日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
6月23日(日)聖霊降臨後第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    CAFÉ DAVID
6月24日(月)洗礼者聖ヨハネ誕生日
 7:00 聖餐式
6月29日(土)使徒聖ペテロ・聖パウロ日
 7:00 聖餐式
6月30日(日)聖霊降臨後第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年5月)
2019年04月28日
「主イエスは喜び、わが希望、わが愛」
 
牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 イースターおめでとうございます。今年も多くの方と主イエスさまのご復活をお祝いすることができる恵みに感謝いたします。

 昨年わたしは、聖週の直前に市川に赴任し、そのままバタバタと聖週とイースターを駆け抜けてしまいましたが、今年は少し落ち着いて、このマリヤ教会でのイースターを迎えることができました。

 キリスト教は、主イエスさまの復活を信じ、そしてそれを証する所から始まりました。しかし死者の復活というのは、現代に生きるわたしたちだけでなく、主イエスさまと寝食を共にした弟子たちにとっても、理解することは難しかったようです。

 弟子の一人のトマスは、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」(ヨハネによる福音書20章15節)と言い、主の復活を疑いました。また、夕暮れの道をエマオまで進む二人の弟子も、途中から同伴した人が復活したイエスさまだとは分からずにいましたし(ルカによる福音書24章13〜35節)、弟子たちの多くは、目の前に現れた復活のイエスさまを見て、恐れおののいて、亡霊を見ているのだと思いました(ルカによる福音書24章36〜48節)。イエスさまの側でずっと一緒に行動していた弟子たちも、主の復活は理解しがたかったのです。

 しかし、神様のなさる業は、わたしたち人間の理解をはるかに超えるものです。神様のみ業は、わたしたちの小さな頭には収まり切れません。神様のみ業はわたしたちが思うよりもはるかに大きく、偉大で、思いもつかないほど恵みに満ちあふれているのです。

 ですから、そのみ業を理解しようと務めるのではなく、信じて参りたいと思うのです。

 信じるとは、「信頼する」ということです。イエスさまを信じるとは、イエスさまを信頼することです。イエス様はご自分の死を通して死を滅ぼし、復活によって、わたしたちに新しい命を与えてくださりました。この新しい命は、わたしたちに神が共におられることを思い起こさせます。わたしたちが手を合わせて主よと祈るとき、わたしたちの心は復活の主イエスさまで満たされ、神の平安に満たされます。日々、主イエスさまにつながって生きることができるのです。主イエスさまのご復活は、わたしたちに喜びと平安、生きる希望と力を与えてくださるのです。

 「主イエスよ喜び、わが希望、わが愛
  死は去り永遠に 主こそわが命」
  (日本聖公会聖歌集179番1節)

 主イエスさまを信じて、これからもご一緒に歩んで参りましょう。ハレルヤ

2019年5月の主な礼拝と行事
2019年04月28日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

5月1日(水)使徒聖ピリポ・聖ヤコブ日
 7:00 聖餐式
5月2日(木)〜4日(土)
    横浜教区中高生キャンプ(伊豆聖マリヤ教会)
5月5日(日)復活節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
5月9日(木)
 10:30 5月逝去者記念聖餐式
5月12日(日)復活節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
創立85周年記念日・敬老会兼祝会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
5月14日(火〜15日(水)
    横浜教区婦人会大会(大磯プリンスホテル)
5月16日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
5月19日(日)復活節第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 第6回教会建築委員会
17:00 サマーキャンプ準備会(千葉復活教会)
5月24日(金)
 18:30 北総宣教協議会
5月26日(日)復活節第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
5月30日(木)昇天日
 10:30 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年4月)
2019年03月31日
「イエスさまにつながる」
 
牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 この1ヶ月は多くの出来事が続きました。2月24日には、浦安伝道所で最後の礼拝をおささげ致しました。3月2日には、結婚のサクラメントにより、新たな歩みをはじめられたお二方もいました。幼稚園の卒園式もございました。そして、このひと月の間に4人の方を神様の御もとにお見送りいたしました。色々な事がありました。多くの祈りがささげられました。そしてその一つひとつに主の導きを感じるひと月でした。

 浦安伝道所は、家庭集会から数えると37年もの歩みでした。主によって導かれ、また多くの方に支えられて歩み続けてくることができましたことを、主に感謝いたします。3月末をもって浦安伝道所の歩みは一旦終わりますが、しかし主の計り知れない御業によって、蒔いた種を必ず実らせてくださる日が来ます。伝道所は無くなっても、浦安の地に主のご栄光が満ち溢れています。浦安の母体であるマリヤ教会は、いつの日かまた浦安の群れが整い、歩み出す日が来ることを、信じて祈り求めて参りたいと思います。

 このひと月の間に教会は主のご復活に備える大斎節に入りました。昔から「大斎を失う者は一年を失う」と言われるほど、すべてのキリスト者にとって大斎節は大切な時です。

 大斎節を過ごすにあたり、わたしたちは、「イエスさまにつながる」ということを憶えたいと思います。当教会は今、新たに聖堂を建て直す時を迎えていますが、それはつまり、さらに腰を据えてこの地でイエスさまの福音を宣べ伝えていくということです。多くの人に神様の愛、イエスさまの喜びを伝え、「イエスさまにつながる」人を増し加えていくために、新たに聖堂を建て直し、この地で祈り続けていくのです。

 「イエスさまにつながる」ということを憶える時、わたしたちは自らがイエスさまにつながっていることを憶えたいと思います。わたしたちもイエスさまにつながって生きています。わたしたちも神さまの恵みをたくさん頂き、イエスさまにつながって歩んでいます。そのことをまずはわたしたち自身がしっかりと憶えることが必要です。

 わたしたちがイエスさまとのつながりを忘れてしまえば、簡単にわたしたちは自己中心で自分勝手に生きてしまいます。その生き方は、「互いに愛し合いなさい」というイエスさまの教えとは真逆の生き方です。しかし、わたしたちがイエスさまにつながっていることを憶え生きる時、神と人を愛する者へとわたしたちは変えられていきます。そして、わたしたちのその生き方を通して、神様の愛がこの地に伝わり、多くの人がイエスさまにつながっていくのです。

 イエスさまの十字架の死と復活を辿っていくこの大斎節、わたしたち自身しかっりとイエスさまにつながって生きていけるよう祈りたいと思います。まずは自分自身が、イエスさまにつながり生きること。そのことがひいては、多くの方をイエスさまへとつなげていくのです。

 「わたしにつながっていなさい」(ヨハネによる福音書15章4節)。

 この御言葉に心を留め、大斎の時を過ごして参りましょう。

2019年4月の主な礼拝と行事
2019年03月31日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

4月7日(日)大斎節第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
 17:00 十字架の道行き礼拝
4月10日(水)
    幼稚園入園式
4月11日(木)
 10:30 4月逝去者記念聖餐式
4月14日(日)復活前(棕櫚(しゅろ)の)主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 マリヤ子供絵画教室(八幡神社)
 13:30 「教会音楽でつづるイエス・キリストの受難」
4月15日(月)復活前月曜日
 7:00 聖餐式
4月16日(火)復活前火曜日
 7:00 聖餐式
4月17日(水)復活前水曜日
 7:00 聖餐式
4月18日(木)聖木曜日
 14:00 清山荘訪問
 19:00 洗足・聖餐制定の聖餐式
4月19日(金)聖金曜日
 12:00 十字架上の七聖語
4月20日(土)聖土曜日(主の安息)
 7:00 朝の礼拝・嘆願・聖餐式前部
 19:00 復活徹夜祭(聖餐式)
4月21日(日)復活日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式・洗礼式 
    祝会
 14:00 第5回教会建築委員会
4月22日(月)〜 私宅聖餐
4月22日(月)復活後月曜日
 7:00 聖餐式
4月23日(火)復活後火曜日
 7:00 聖餐式
4月24日(水)復活後水曜日
 7:00 聖餐式
4月25日(木)復活後木曜日
 7:00 聖餐式
4月26日(金)復活後金曜日
 7:00 聖餐式
4月27日(土)復活後土曜日
 7:00 聖餐式
4月28日(日)復活節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会
4月29日(月)福音記者聖マルコ日
 11:00 千葉県下合同礼拝

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年3月)
2019年03月02日
「司祭按手を受けて」

八日市場聖三一教会副牧師 司祭 トマス 吉田 仁志

 2月5日(火)日本の殉教者の日、横浜聖アンデレ主教座聖堂にて公会の司祭職に按手されました。みなさんのお祈りと励ましに深く感謝いたします。

 そもそも、わたしが神学校で学ぶことを決意したのは、聖職を目指すためではなく、単純に神さまのことをもっと知りたいという気持ちからでした。青年時代、教会に通っていた時期はありましたが、長い間放蕩息子を続けてしまいました。けれども、神さまはわたしを見捨ててはおられませんでした。人生に疲れ切ったわたしに神さまは声をかけてくださいました。その声に気付いたわたしは、再び教会へと導かれました。久しぶりに聖書を手にし、読み始めましたが、しばしば意味の分からないみ言葉に遭遇します。「原文で読めば、微妙な部分であっても理解できるかもしれない」と思いましたが、働きながら独学でギリシア語を学ぶことは、わたしには困難でした。そこで、神学校へ進むことにしたのです。人によっては愚かな決断と感じられるかもしれません。ですが、神さまはわたしに新たな命を与えてくださったのです。その神さまに自分のすべてを委ねることが当然なことに思えたのです。先は見えなくとも、「神さまと一緒なら、きっと何とかなる」という不思議な安心感がありました。

 神学校では世代や性別、生まれた国を越え、いろいろな出会いがありました。彼らは皆、それぞれの場所で神様と出会い、神さまの召しに応えた兄弟姉妹でした。とはいえ、それぞれの事情で学校を離れざるを得ない仲間も少なからずいたのです。彼らの姿を見て、わたしの心は揺り動かされました。「やはり、自分も聖職を目指すべきなのだろうか」と。彼らのため、というわけではありませんでしたが、聖職を目指すことにしました。聖職を目指す中で、「彼らが見た何かと同じものをわたしも見ることができるかもしれない」と考えたのです。

 神学校を卒業し、教会へと遣わされました。毎日、神さまに一番近いところで生活させていただいている。これは本当に幸せなことです。神さまがわたしを招いてくださったのは、もしかするとわたしの弱さのゆえかもしれません。日々の生活の中でたくさんの不思議なことに出会います。兄弟姉妹の間で、遣わされた現場で、自分自身の身の回りで、神さまが新たな命を与えておられるのです。枯れた骨が再び動き出し、そこに新たな肉が与えられているのを目にします。天と地が再び一つになる日が、目の前まで来ていることを感じます。「時は満ち、神の国は近づいた」(マルコによる福音書1章15節)というイエスさまのみ言葉をひしひしと感じるのです。この良き知らせを宣べ伝える務めが与えられたこと、ともに分かち合うことができること、これがわたしの大きな喜びなのです。

2019年3月の主な礼拝と行事
2019年03月02日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

3月1日(金)
 10:30 世界祈祷日(日本基督教団浦安教会)
3月3日(日)大斎節前主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
3月6日(水)大斎始日(灰の水曜日)
 10:30 聖餐式
(昨年の棕櫚(しゅろ)の十字架を3日までに教会へお持ちください)
3月7日(木)
 10:30 聖書の学び
3月10日(日)大斎節第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
3月13日(水)
    幼稚園卒園式
3月14日(木)
 10:30 3月逝去者記念聖餐式
3月17日(日)大斎節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 第4回教会建築委員会
3月19日(火)聖ヨセフ日
 7:00 聖餐式
3月21日(木)
 10:30 北総・東総地区婦人大斎静想日(八日市場聖三一教会)
 14:00 清山荘訪問
3月24日(日)大斎節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会
3月25日(月)聖マリヤへのみ告げの日
 7:00 聖餐式
3月31日(日)大斎節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

浦安伝道所での最後の聖餐式
2019年02月24日

 2月24日(日)の午後、今年3月末で17年にわたる活動を終えることになった浦安伝道所での最後の聖餐式が執り行われ、今までに伝道所と関わりのあった方々を中心に約40名が参列されました。

 説教で管理牧師の渡部司祭は、家庭集会発足から今日までの歴史に触れつつ、「伝道所としての活動は残念ながら終了しますが、今までに浦安の地で撒かれた福音の種はいつか必ず芽生える時が来ます。そしていつの日か、浦安の地での宣教が再開されることを願っています。その日までそれぞれの場で信仰生活に励んでいきましょう」と呼びかけられました。

 礼拝後、伝道所名物の愛餐会が行われ、この日のために大阪から駆けつけたHさんが乾杯の音頭を取りました。その後、参加者一人ひとりが伝道所への想いを語りました。特に、当教会の歴代牧師として集会・伝道所に関わられた3名の聖職の方々(武藤六治主教、三原一男司祭、相澤牧人司祭)からは、集会・伝道所の果たした役割の大きさと、将来の宣教活動のために集会・伝道所の歴史をしっかりと記録しておくことの必要性が語られました。

 最後に、当教会の教会報「聖鐘」2019年2月号に掲載されている「浦安NOW」のメッセージを引用して記事を閉じたいと思います。

 「厳しい寒さの中にも春がそこまできている気配を感じます。2月24日顕現後第7主日聖餐式をもって浦安伝道所はその働きを終えることになりました。拠点をもってから瞬く間の17年間でした。セミナリオ、講演会、勉強会、ボイストレーニング、バザーなど様々な活動をとおして、多くの聖職の方々と教会、教区、教派を超えた方々との出会いと交わりは、豊かな学びの場となりました。この小さな群れを17年間常に支え、励まし、祈り、ともに働いてくださったみなさまには心からの感謝を申し上げます。今後は浦安伝道所の信徒たちは、それぞれ新たな教会で信仰生活を続けます。どうぞよろしくお願いいたします。主の祝福を祈りつつ。」

北総宣教協議会信徒修養会「信仰の旅路」
2019年02月09日

 2月8日(金)から9日(土)にかけて、北総宣教協議会(千葉県北総地区にある日本聖公会の教会・伝道所の集まり)主催の信徒修養会「信仰の旅路」が千葉市内のホテルで行われました。

 第30回を迎える今回は、講師に執事テモテ鈴木育三先生(社会福祉法人新生会常任理事・チャプレン)をお招きして、「老いの旅路を同伴して」と題して講演をしていただきました。

 鈴木先生は1943年生まれで、立教大学大学院を修了後、聖公会神学院チューター等を経て、1984年から群馬県の榛名にある社会福祉法人新生会において施設長等を歴任され、現在も高齢者福祉の現場で活動されています。この信徒修養会には、第2回(1991年)の際にも講師として来ていただいている縁の深い方です。

 先生は、ご自身が15年前に命にかかわる大病をされた際、見舞いに来た知人から「『病院の入院患者』ではなく、一人の『鈴木育三』でいなさい」と叱咤激励されたエピソードを紹介され、老人ホームにいるのは「老人」ではなく一人ひとり名前を持った「人」であり、私たち自身もそれぞれ歴史をもった「人」であること、そして、そんな私たちにイエス様は名指しで呼び掛けておられることを心に留めて欲しい、とテゼの歌を引用しつつ、語り掛けられました。

 そして、テーマである「旅路」に言及され、人の「旅路」は人それぞれであり、ゆっくりと自分の歩幅で歩んでいくことが大切、と話されました。高齢になると将来を悲観して「早くお迎えが来て欲しい」という方もあるが、私たちには必ず帰るべき場所(天国)があり、必ずお迎えが来るので、その日に向かって急ぐことなく旅路を歩んでいきましょう、と笑顔で参加者を励まされました。

 この日、千葉では珍しい積雪となりましたが、先生の講演を聴こうと約80名の方々が出席され、熱心に受講されていました。

聖職按手式(当教会出身の司祭誕生)
2019年02月05日

 2月5日(火)午前10時30分から横浜聖アンデレ主教座聖堂にて聖職按手式が執り行われ、トマス吉田仁志執事が公会の司祭に按手・叙任されました。

 吉田司祭は当教会出身で、当教会の信徒時代は信徒奉事者として教会の礼拝を支える傍ら、社会人学生として大学で神学を学んでいました。その後、聖職となることを志願して当教会から推薦されて聖職候補生となり、2009年にウイリアムス神学館(京都市にある日本聖公会の神学校)に入学し、2012年の卒業後は横浜教区諸教会での勤務を経て、2018年4月からは八日市場聖三一教会及び社会福祉法人九十九里ホーム諸施設にて牧会の働きに携わっています。この間、2014年に執事に按手されています。

 式では竹内一也司祭(当教会出身・横浜山手聖公会牧師)が説教に立ち、「吉田さんが今日の日を迎えるまで少し時間を要したが、私も執事に按手されるまで5年かかった。吉田さんは私と共通点(出身教会・今までの任地)が多く身近に感じているが、聖職に召されていく過程は人それぞれ。吉田さんらしさを忘れずに、任地での生活を楽しみつつ、司祭としての働きに励んで欲しい」と新司祭に語りかけました。

 待望の司祭按手とあって、平日にもかかわらず約170名の参列者があり、当教会からも多くの信徒が参列し、吉田司祭の誕生を祝いました。

 吉田司祭のこれからの働きの上に、神様の豊かな祝福と導きがありますことをお祈りしています。

<市川聖マリヤ教会出身の聖職>
・主教 ヤコブ 遠藤哲
・司祭 ラザロ 雨宮大朔
・執事 トマス 桑山隆
・司祭 シモン 長野睦
・司祭 ヤコブ 三原一男
・司祭 パウロ 小林進
・司祭 パウロ 鈴木伸明
・司祭 ダニエル 竹内一也
・司祭 ダビデ 島田征吾
・司祭 イサク 岩佐直人
・司祭 サムエル 吉野暁生
・司祭 トマス 吉田仁志

堅信受領者総会
2019年01月29日

 1月27日の主日礼拝後、礼拝堂にて堅信受領者総会が開催されました。

 堅信受領者総会とは、日本聖公会の教会では年に1度必ず行われる教会の最高意思決定機関で、昨年1年間の振り返りをするとともに、今年1年の教会としての活動方針を決める最も重要な会議です。牧師が議長を務め、満16才以上の現在堅信受領者が議員となります。

 今回は、昨年4月に渡部司祭が牧師として着任して初めての総会ということで、議長挨拶では、これからの宣教方針や教会新築に向けた意気込み等が力強く語られました。

 その後、議題に沿って議事が進行され、予定されていた議案は全て賛成多数で可決されました。最後に、昨年12月に発足した教会建築委員会の紹介がなされ、主の祈りと渡部司祭の祝祷をもって約1時間で終了しました。

 今年も様々な活動を通じて、この市川の地で神様の福音(良き知らせ)を宣べ伝えていくことができるよう、励んでいきたいと願っています。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年2月)
2019年01月27日
「主の山に備えあり」
 
牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 当教会は、2024年の創立90周年の時に、聖堂新築を目指しております。2016年5月より2年間建築準備委員会の働きが行われ、その働きを引き継ぎ、昨年12月には第1回建築委員会が開かれました。いよいよ本格的なスタートを切ったことになります。

 「聖堂」という教会の核となる建物を建築する上で、わたしたちが心に留めておきたいこと、それは主の栄光のために建てるということです。決して自分たちの満足、気持ちよさ、居心地の良さのために建てるわけではありません。この市川の地でキリストの喜びが多くの人びとに伝わるため、そして、ここで主の聖餐に与り、祈り、イエス様と共に生きるために聖堂を建てるのです。わたしたちの為ではなく、主が必要とされておられるから建てるのです。

 昨年、「教会」と「聖堂」ということをテーマに学びの時を持ちました。その学びを通して示されたことは、「教会」にしても「聖堂」にしても、神様が主体であるということです。教会も聖堂も神様なくしては成りえません。このことは、当たり前のことですが、よくよくわたしたちが心に留めておく事柄です。

 神様はわたしたちを主日ごとに呼び集めてくださり、慰めと励まし、喜びと希望を与え、ご自分の血と体をもって、わたしたちに生きる力を与えてくださります。わたしたちが教会に来るのではなく、神様がわたしたちを呼び集めてくださり、そして生きる力を与えてくださるのです。

 当教会の84年の歴史の中で、実に多くの方が、この教会を通してキリストに結ばれ、命の道を歩みました。主が市川聖マリヤ教会を通して、たくさんの人に多くの恵みと祝福を与えてくださったことを、わたしたちは感謝したいと思います。そして、今マリヤ教会に集うわたしたちも、これから主と出会う人たちも、この教会を通してイエス様の道を歩むことができますよう祈りましょう。一人でも多くの人が、イエス様と結ばれるためにわたしたちは新たに聖堂を建てるのです。

 改めてこれから聖堂建築の長い道のりが始まります。わたしたち一人ひとりが聖堂に対する思い入れがあります。そして聖堂に対するイメージが異なります。その違いがある中で、形を作っていくことは大変な事です。しかし意見を出し合い、議論を重ねていく上で示される道があります。「主の山に備えあり(創世記22章14節)」というみ言葉の通り、主が市川聖マリヤ教会にふさわしい聖堂を備えてくださります。主を信じて、ご一緒に新聖堂建築に向けて歩んで参りたいと思います。

 主の平和がこの家に入るすべての人々にありますように、父と子と聖霊のみ名によって アーメン(礼拝堂聖別式の祈り)

2019年2月の主な礼拝と行事
2019年01月27日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

2月2日(土)被献日
 10:30 聖餐式
2月3日(日)顕現後第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
2月5日(火)
 10:30 吉田仁志執事司祭按手式(横浜聖アンデレ主教座聖堂)
2月7日(木)
 10:30 聖書の学び
2月8日(金)〜9日(土)
 北総宣教協議会信徒修養会(講師:鈴木育三執事、会場:ホテルプラザ菜の花)
2月10日(日)顕現後第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
2月11日(月)
 教会建築委員会主催「秦野聖ルカ教会訪問」
2月14日(木)
 10:30 2月逝去者記念聖餐式
2月17日(日)顕現後第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 第3回教会建築委員会
2月21日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
2月24日(日)顕現後第7主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会
2月25日(月)使徒聖マッテヤ日
 7:00 聖餐式

【お知らせ】浦安伝道所について
2019年01月26日
 当教会の家庭集会を母体として始まった浦安伝道所ですが、下記のとおりその働きを終えることとなりました。
 家庭集会発足から36年、伝道所認可から11年、今までの皆様からのお祈りとお支えに心から感謝申し上げます。

<「日本聖公会横浜教区教務所便り2019年2月号」から>
「浦安伝道所設立認可取り消しについて」
 2019年3月31日をもちまして、浦安伝道所はすべての働きを終えることになり、伝道所認可を取り消すこととなりました。(3月11日に現在地から退去)
 2月24日(日)の主日聖餐式(14:30)が、浦安伝道所としての最後の礼拝となります。
 これまでの伝道所の働きを覚えてご加祷いただけますようお願い申し上げます。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2019年1月)
2018年12月25日
「わたしたちのために来られたイエスさま」
 
牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 主のご降誕、おめでとうございます。市川に赴任して初めて迎えるクリスマス。多くの兄弟姉妹の皆様とともに、主のご降誕をお祝い出来る恵みに感謝いたします。

 野宿をしながら夜通し羊の群れの番をしていた羊飼いのもとに天使が現れ、救い主の誕生を告げます。

 「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった、この方こそ主メシアである。」(ルカによる福音書2章10-11節)

 この時天使が示したことは、救い主イエスさまの誕生は、「民全体」に与えられた大きな喜びであること。そして、救い主イエスさまは、「あなたがた」のためにお生まれになった、ということです。

 イエスさまのご降誕は、この世界の「どこか」で起こったのではありません。「わたしたちのため」に起こったのです。もっというなら、「わたし」のために起こったのです。わたしたち一人ひとりのために救い主イエスさまはお生まれになったのです。

 福音記者聖ヨハネも、「神は、その独り子をお与えになったほどに、この世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」(ヨハネによる福音書3章16,17節)と記し、神様の御心は、御子イエスさまによってわたしたちを救うためであることを伝えてくださいました。

 クリスマスは、わたしたちとどこか関係のない出来事ではありません。神様がわたしたちを愛され、わたしたちを救うために、御子イエスさまをこの世に送ってくださった出来事なのです。

 天使がマリヤ様に告げた「おめでとう」という言葉は、マリヤ様を通してわたしたちにもかけられている言葉です。クリスマスは、わたしたちにとって「おめでとう!」という出来事です。神様はわたしたちを愛されたがゆえに、御子イエス様を私たちのもとへと送ってくださった。その御子によってわたしたちは、神様の愛を知り、心の闇を取り除かれ、日々を豊かに生きていくことができるのです。

 幼子イエス様が私たちに与えられた、この計り知れない大きな恵みに感謝して、クリスマスをお祝い致しましょう。クリスマスおめでとうございます。

2019年1月の主な礼拝と行事
2018年12月25日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

1月1日(火)主イエス命名の日
 11:00 聖餐式
1月6日(日)顕現日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 新旧合同教会委員会
1月10日(木)
 10:30 1月逝去者記念聖餐式
1月13日(日)顕現後第1主日・主イエス洗礼の日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 男子会総会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
1月17日(木)
 14:00 清山荘訪問
1月19日(土)
 14:00 キリスト教一致祈祷週間合同礼拝(日本基督教団市川三本松教会)
1月20日(日)顕現後第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 第2回教会建築委員会
1月23日(水)
 教区婦人会総会(山手聖公会)
1月25日(金)使徒聖パウロ回心日
 7:00 聖餐式
 18:30 北総宣教協議会
1月27日(日)顕現後第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
  堅信受領者総会
 13:00 婦人会総会
2月2日(土)被献日
 10:30 聖餐式

クリスマスは教会へ−クリスマス礼拝のご案内(12月24日・25日)−
2018年12月24日

市川聖マリヤ教会では、クリスマスの様々な礼拝を行います。
どなたでもご参列いただけますので、ぜひお越しください。
礼拝後には、お茶や軽食をご用意しています。
今年のクリスマスは教会で過ごしてみませんか。
※下記に記載されている所要時間はあくまでも目安です。

★クリスマスイブ礼拝
12月24日(月)
 午後6時〜(所要時間約1時間30分)
私たちの教会のルーツである英国国教会で生まれた“Lessons and Carols”(聖書朗読とクリスマスキャロルによる礼拝)の形式に則り、クリスマスイブ礼拝をお献げします。

★降誕日(クリスマス)礼拝
12月25日(火)
 午前0時〜(所要時間約50分)
 午前7時〜(所要時間約50分)
 午前10時30分〜(所要時間約1時間30分)
古来からの伝統により、降誕日(クリスマス)には深夜、早朝、朝の3回、聖餐式(ミサ)をお献げします。

Advent & Christmas services at St. Mary's Anglican Church in Ichikawa
2018年12月22日
+Sunday 23rd December 2018(The Fourth Sunday of Advent)
8.00am Holy Eucharist(Mass)
10.30am Holy Eucharist(Mass) & Confirmation - The service will preside by the diocesan bishop of Yokohama, Rt. Rev. Ignatius Osamu Irie

+Monday 24th December 2018(Christmas Eve)
6.00pm A Festival of Nine Lessons & Carols

+Tuesday 25th December 2018(Christmas Day)
0.00am Holy Eucharist(Mass)
7.00am Holy Eucharist(Mass)
10.30am Holy Eucharist(Mass)

+Wednesday 26th December 2018(Saint Stephen's Day)
7.00am Holy Eucharist(Mass)

+Thursday 27th December 2018(Saint John The Evangelist's Day)
7.00am Holy Eucharist(Mass)

+Friday 28th December 2018(The Innocents' Day)
7.00am Holy Eucharist(Mass)

+Sunday 30th December 2018(The Sunday after Christmas Day)
8.00am Holy Eucharist(Mass)
10.30am Holy Eucharist(Mass)

+Tuesday 1st January 2019(The Circumcision of Christ)
11.00am Holy Eucharist(Mass)

+Sunday 6th January 2019(The Epiphany)
8.00am Holy Eucharist(Mass)
10.30am Holy Eucharist(Mass)

マリヤコンサートのご案内
2018年12月16日

 当教会のクリスマス前の恒例行事である「マリヤコンサート」を行います。

 今年は、当教会信徒の音楽家である小澤玲子さん(ソプラノ)、木暮素子さん(ピアノ)、そしてお二人のご友人でフルート奏者の提橋恵美さんを迎え、クリスマスにちなんだ楽曲を披露していただきます。また、当教会の聖歌隊により、クリスマスの聖歌が歌われます。

 終了後には、玄関ホールで簡単な茶話会も予定しています。

 日曜日の午後のひととき、「教会でのクリスマス」を味わってみませんか。

★日時:12月16日(日)13時30分開演
★会場:市川聖マリヤ教会礼拝堂
    千葉県市川市八幡3-19-11
    JR・京成・都営地下鉄本八幡駅から徒歩数分
★入場無料
★事前申込不要
★お子さん歓迎。どなたでもお気軽にご入場ください。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年12月)
2018年11月29日
「備えの期節を過ごす」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 早いもので教会暦もアドベント(降臨節)に入りました。祭壇横にはアドベントキャンドルが設置され、主日を迎える度に一本一本火が灯り、イエス様の降臨が近づいてきます。

 12月に入ると、街中はクリスマスイルミネーションで彩られ、どこに行ってもクリスマスキャロルが聞こえてきます。世間はクリスマスムード一色で華やかになりますが、教会はクリスマスではなく、紫の祭色を飾るアドベントを過ごしています。教会の祭色の紫は、「悔い改め」「節制」そして「備え」を表します。

 降臨節の第2主日と第3主日の福音書には、洗礼者ヨハネが登場します。彼は、イエス様よりも前に表舞台に現れ、ヨルダン川で悔い改めの洗礼を授けていました。

 洗礼者ヨハネは、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」(ルカによる福音書3章4節)というイザヤの預言の通り、イエス様に通ずる道を整える役割を担います。そして、「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタイによる福音書3章2節)、「わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。」(ルカによる福音書3章16節)と言って、救い主の到来を人々に告げます。

 このように、洗礼者ヨハネは、私たちにイエス様の到来に向けて心と体を備えるよう呼び掛けます。

 洗礼者ヨハネの呼びかけと、紫の祭色が現わすように、アドベントは主の降臨に向けて「備える」期節です。ただ単に、クリスマスをわくわくしながら待つのではありません。しっかりと心と体を主に向け、祈りながらイエス様の訪れを待つのです。

 イエス様が来られるとき、私たちの頭、心、体は、イエス様をお迎えするのにふさわしくなっているでしょうか。自分の欲や楽しみ、そういったものだけで頭と心を埋め尽くしていると、いざイエス様が来られた時、イエス様をお迎えするスペースがありません。私たちの頭や心が自分の欲で一杯だと、イエス様が入る隙間がないのです。

 父なる神様は、私たちを救うため、愛する独り子をこの世にお遣わしになりました。最も大切なみ子を私たちに主は差し出されたのです。その神様に倣い、私たちも自分の時間、心、思いを少しでも主にささげて日々を過ごして参りたいと思います。この降臨節、ご一緒に、主をお迎えする備えをして参りたいと思います。

2018年12月の主な礼拝と行事
2018年11月29日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

12月2日(日)降臨節第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
    マリヤ子供絵画教室クリスマス会
12月6日(木)
 10:30 聖書の学び
12月9日(日)降臨節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
12月13日(木)
 10:30 12月逝去者記念聖餐式
12月16日(日)降臨節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 マリヤコンサート
12月20日(木)
    幼稚園クリスマス
 14:00 清山荘訪問
12月21日(金)使徒聖トマス日
 7:00 聖餐式
12月22日(土)
 15:00 日曜学校クリスマス
 17:00 ページェント
12月23日(日)降臨節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 主教巡杖:聖餐式・堅信式
12月24日(月)
 18:00 クリスマスイブ礼拝
    祝会
    キャロリング
12月25日(火)降誕日
 0:00 第1聖餐式
 8:00 第2聖餐式
 10:30 主礼拝
    祝会
12月26日(水)最初の殉教者聖ステパノ日
 7:00 聖餐式
12月27日(木)福音記者使徒聖ヨハネ日
 7:00 聖餐式
12月28日(金)聖なる幼子の日
 7:00 聖餐式
12月30日(日)降誕後第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
2019年
1月1日(火)主イエス命名の日
 11:00 聖餐式

日本聖公会婦人会感謝箱献金事務局主催「サイディア・フラハ代表 荒川勝巳氏 報告会および懇親会」
2018年11月05日

 サイディア・フラハは、日本人とケニア人の協働によるケニアの子どもと女性のためのプロジェクトで、日本聖公会婦人会感謝箱献金からも支援を続けている団体のひとつです。今年も代表・荒川勝巳氏のご帰国にあわせて、現地の報告会を開催する運びとなりました。

 現地の様子を、スライドをまじえながらお話いただき、さらなる深い交わりの時をもちたいと思います。ケニアの手芸品の販売なども予定しております。これからもよい手助けができますように、お一人でも多くの方がご参加くださることを願っております。

「サイディア・フラハ代表 荒川勝巳氏 報告会および懇親会」
・日時 2018年11月10日(土)13:30〜15:30
・会場 日本聖公会横浜教区市川聖マリヤ教会礼拝堂
    千葉県市川市八幡3-19-11
    JR・京成・都営地下鉄本八幡駅から徒歩数分
・参加費 無料
・事前申込 不要
・主催 日本聖公会婦人会感謝箱献金事務局

※本行事は市川聖マリヤ教会主催ではありませんので、内容について教会へお問い合わせいただいてもお答えいたしかねます。予め御了承ください。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年11月)
2018年10月28日
「聖堂について」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 日本聖公会では、「礼拝堂」という呼称も、「聖堂」という呼称もどちらも用いられています。

 祈祷書解説よると、礼拝堂は、「神の民の集会のための建物である(中略)、礼拝堂は神の言葉を聞き、神に祈り、感謝と賛美の聖奠、その他の共同体的礼拝を行う場所である」(『改訂増補 日本聖公会祈祷書解説』、103頁)とあります。

 一方、聖堂とは、礼拝堂を聖別したものです。聖別とは、神様に献げ、他と区別することですが、礼拝堂を聖別するとは、神の民の集会のために建てられた建物(礼拝堂)を、神様に献げ、自分たちの所有ではなく神様のものとして頂くことです。自分たちの栄光や誉れ、満足ではなく、神様のものとして、神様の栄光が満ち溢れる場として頂くために、建てた礼拝堂を聖別(献げる)するのです。

 日本聖公会では、「礼拝堂として使用する建物は、教区主教により聖別されなければならない。」(日本聖公会法規第168条1項)と定めています。建てた礼拝堂を、自分たちの所有にするのではなく、神様に献げなさい。神様が満ち溢れる場としなさいと、法規でもその心を表しているのです。

 またその心は、礼拝堂聖別式の祈りにも表されています。

 「常にわたしたちを守られる永遠の父よ、わたしたちとわたしたちが所有するすべてのものは主のものです。み言葉を聞き、み名をほめ、み赦しを求め、いやしのみ力にあずかり、また主の体と血によって養われるために礼拝堂を献げる今、わたしたちを受け入れてください。いつもここで主の民を導き、照らし、祝福してください。」

 「主イエス・キリストよ、この礼拝堂を主の臨在の宮、祈りの家としてください。ここで主を尋ね求めるとき、いつもわたしたちの近くにいてください。一人で来るときも、ほかの人びととともに来るときも、わたしたちを主のみもとに引き寄せてください。慰めと知恵を見出し、主に支えられ、強められ、喜びに満たされ、感謝をささげることができるようにしてください。主よ、わたしたちが清められ、主のご用に役立つため、ここで主と一つにされ、またほかの人びとと一つにされますように。」(礼拝堂聖別式 祈祷書498頁)

 また、礼拝堂聖別式の中で、「主の平和がこの家に入るすべての人々にありますように、父と子と聖霊のみ名によって。アーメン」(祈祷書496頁)、と祈ります。私たちの栄光のためではなく、神様に献げられ、神様のものとされた聖堂。その中に入るすべての人びとに主の平和があるようにと、礼拝堂聖別式で祈ります。聖堂は、すべてにおいて神様が満ち溢れている場です。礼拝堂聖別の祈りにもありますように、人の思いを超え、私たちの心を励まし、慰め、支え導いてくださるお方が満ち溢れる場です。

 故に聖堂は、私たちがこの世で最も慰められ、安心していられる場です。神様の愛とみ手に包まれ、私たちがすべての重荷を下ろし、癒され、そしてまた新たな力を与えられる場が聖堂です。

 神の満ち溢れる聖堂に私たちが集められる時、私たちは神と向かい合います。慌ただしい日常生活の中では、私たちは神と向き合うことは容易ではありません。だからこそ、神の満ち溢れる聖堂で、静かに祈り、心と体を神に向けるのです。神のみ手に包まれ、沈黙の内に、自らの思い、悩みを神に献げるのです。

 神の民の集会のために建てられる礼拝堂。その礼拝堂を聖別することで、神の栄光を願います。聖堂は人の思いではなく、神が満ち溢れる場。聖堂は、神様の愛と恵、慰めと平和が満ち溢れる場であり、新しい命が育まれる場所なのです。

 「神の家に行こう」と言われて わたしの心は喜びにはずんだ(詩編122編1節 祈祷書訳)

2018年11月の主な礼拝と行事
2018年10月28日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

11月1日(木)諸聖徒日
 10:30 聖餐式
 14:00 八千代霊園墓参
11月4日(日)聖霊降臨後第24主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
11月8日(木)
 10:30 11月逝去者記念聖餐式
11月11日(日)聖霊降臨後第25主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
11月15日(木)
 14:00 清山荘訪問
11月18日(日)聖霊降臨後第26主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
11月25日(日)降臨節前主日(王なるキリストの日)
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会
11月30日(金)使徒聖アンデレ日
 7:00 聖餐式

「マリヤバザー2018」が開催されました
2018年09月30日

 今日午前11時から午後1時まで、毎年恒例のマリヤバザーが開催されました。

 数日前からの天気予報では、バザー当日に大型で非常に強い台風24号が接近すると伝えられていたため、一時は中止も検討されましたが、皆が楽しみにしている一年に一度の行事ということもあり、バザー委員会において熟慮の結果、来場者の安全に配慮し、室内中心で時間を短縮して開催することになりました。

 悪天候のため来場者は少ないだろうと見込んでいましたが、いざ始まってみると、幼稚園や近隣の方々を中心に多数の皆様に来場していただくことができました。特に食べ物は飛ぶように売れ、焼きそばやカレーライスは早々に売り切れてしまいました。

 バザーが開催されている時間帯は奇跡的に雨も降らなかったため、協賛券の抽選会は園庭で行うことができ、例年通り子どもたちの歓声が聞こえてきました。

 台風が接近している中、事故もなく無事にバザーを開催することができたことを神様に感謝したいと思います。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年10月)
2018年09月30日
「教会について」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 当教会は2024年に創立90周年を迎えるにあたり、新聖堂を建築しようとしています。それに伴い、これを機会に改めて「教会」と「聖堂」ということについて学びの時を持つことになり、9月16日の主日聖餐式後、「教会」についての講話を行いました。

 祈祷書の教会問答(258頁)の問1に、「教会とは何ですか」という問いがあります。それに対して「主イエス・キリストにあって神に生きるすべての人の集まりで、神の家族、キリストの体、聖霊の宮と言われています。」と答えがありますが、この答えから教会について学びたいと思います。

 @主イエス・キリストによる集まり
 「教会」の語源であるエクレシア(ギリシア語)という言葉には「呼びだされた者の集まり」という意味があります。元々は、古代ギリシアの都市議会をエクレシアと言いました。紀元前2,3世紀に聖書が初めてギリシア語訳された時、ヘブライ語の「カーハール」という言葉の訳語に「エクレシア」をあてます。「呼び集める」という意味を持つカーハールは、転じてイスラエルの民の「集会」「会衆」を指し、神に聞くために、神のために行動するために、神によって共に呼び集められた神の民、という意味を持ちます。初代教会の指導者はこれを参考にし、キリストを信じ、神によって神のために呼び集められた人々の事をエクレシア(教会)と呼びました。
そしてイエスを信じて集められた人々が行っていたことは、「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」(使徒言行録2章42節)とあるように、聖餐式を献げていたことでした。

 A神の家族
 教会とは、神を御父とする神の家族です。主によって集められた私たちは、誰もが神様の愛する子です。そして人間的な違いを超えて、主によって結ばれた兄弟姉妹となるのです。教会は、キリストの御体と御血によって一つとされた神の家族なのです。

 Bキリストの体
 「み前でこの聖なる賜物にあずかるとき、わたしたちを聖霊によって新たにし、主の愛によって生かし、み子イエス・キリストの体である教会のうちに結び合わせ」(感謝聖別祷T祈祷書176頁)。
 「神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。 教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。」(エフェソの信徒への手紙1章22、23節)
 教会はキリストの体であり、すべてにおいて神様が満ち溢れている場なのです。

 C聖霊の宮
 聖書では、聖霊は人に命を与える神の息吹です。その神の息吹が満ち溢れている場が教会です。
「教会のあるところには、神の霊があり、神の霊のあるところには教会と全ての恵みがある。」(エイレナイオス『異端論駁』)

 このように教会の主体は神であり、キリストが満ち溢れている場が教会なのです。教会は神が呼び集めてくださり、イエス・キリストを通して私たちが命を与えられる場。キリスト無しでは成立しない。それが教会です。

 講話の抜粋になりますので、もっと知りたい方は講話のレジュメをご覧ください。次回の講話は10月14日に「聖堂」についてです。どうぞご予定ください。

2018年10月の主な礼拝と行事
2018年09月30日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

10月7日(日)聖霊降臨後第20主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
10月11日(木)
 10:30 10月逝去者記念聖餐式
10月14日(日)聖霊降臨後第21主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    礼拝後、講話「聖堂」について
 13:00 マリヤ子供絵画教室
10月18日(木)福音記者聖ルカ日
 7:00 聖餐式
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
10月20日(土)
 10:30 北総宣教協議会キリスト教勉強会
10月21日(日)聖霊降臨後第22主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
10月24日(水)
     八千代もより会
10月28日(日)聖霊降臨後第23主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式・洗礼式
     シメオン・アンナ会
10月29日(月)使徒聖シモン・使徒聖ユダ日
 7:00 聖餐式
11月1日(木)諸聖徒日
 10:30 聖餐式
 14:00 八千代霊園墓参

「第29回 北総宣教協議会 キリスト教勉強会」のご案内
2018年09月25日

 私達の教会が属している日本聖公会横浜教区では、千葉県北総地域にある諸教会・伝道所(千葉復活教会、松戸聖パウロ教会、柏聖アンデレ教会、浦安伝道所、市川聖マリヤ教会)が「北総宣教協議会」を結成し、様々な福音宣教の業を協働しながら行っています。

 その一環として、1987年(昭和62年)から毎年秋に「キリスト教勉強会」と題して、様々な分野の専門家からの学びの時を持っています。

 第29回の今年は、当教会を会場に、「どんな翻訳になるのですか?−新翻訳聖書「聖書協会共同訳」を学ぶ」と題して、本年12月に日本聖書協会から刊行予定の「聖書協会共同訳」聖書について、同聖書の翻訳・編集に携わられたお二人の先生方をお迎えし、同聖書の特徴や新共同訳聖書との違いについて、一日じっくり学んでいきたいと思います。

 どなたでもご参加いただけます。大変貴重な機会ですので、多くの皆様のご参加をお待ちしています。

【第29回 北総宣教協議会キリスト教勉強会】
「どんな翻訳になるのですか?−新翻訳聖書「聖書協会共同訳」を学ぶ」
★講師:小友 聡 氏<午前の部・旧約聖書>
    (新翻訳事業翻訳者兼編集委員
     東京神学大学教授
     日本基督教団中村町教会牧師)
    住谷 眞 氏<午後の部・新約聖書>
    (新翻訳事業翻訳者兼編集委員
     日本キリスト教会神学校新約学部門主任講師
     日本キリスト教会小平教会牧師)
★日時:10月20日(土)10時30分〜15時30分
    午前の部 10時30分〜12時30分(昼食各自持参)
    午後の部 13時30分〜15時30分
    「ミニ聖書展」同時開催
★会場:市川聖マリヤ教会
    千葉県市川市八幡3-19-11
    JR・京成・都営地下鉄本八幡駅から徒歩数分
★会費:500円(部分参加の場合、午前/午後各300円)
※事前申込不要。直接会場にお越しください。
★主催:日本聖公会横浜教区北総宣教協議会

「マリヤバザー2018」のご案内
2018年09月24日

 市川聖マリヤ教会及び市川聖マリヤ幼稚園では、毎年恒例の「マリヤバザー」を開催します。

 今年も教会・幼稚園内外の皆様と楽しいバザーにすべく、準備を進めています。

 なお、当日の収益は、2024年に予定されている教会(礼拝堂)建築及び幼稚園の諸活動のために献げられます。

 多くの皆様のご来場を心からお待ちしています。

【マリヤバザー2018】
★日時:9月30日(日)午前11時〜午後2時
★場所:市川聖マリヤ教会・市川聖マリヤ幼稚園

※雨天決行。
※協賛券の抽選会は午後1時からです。
※協賛券は当日も販売します。
※当日の聖餐式は浦安伝道所・日曜学校と合同で午前9時30分から行います。
※午前8時からの聖餐式は通常通りです。

日本聖公会横浜教区主教按手式及び教区主教就任式
2018年09月08日

(写真上)礼拝後に記念撮影する主教団(写真左下)中央が入江新主教、右が高地主教、左が三鍋前主教(写真中央下)礼拝の式文(写真右下)祝賀会で挨拶する入江新主教
 本日午前10時30分から、私達の教会が所属している日本聖公会横浜教区の主教按手式及び教区主教就任式が執り行われ、主教被選者である司祭イグナシオ入江修師が公会の主教に按手・聖別され、第12代教区主教に就任しました。

 横浜聖アンデレ主教座聖堂で行われた礼拝には、日本聖公会及び大韓聖公会の主教方、カトリック横浜教区の司教をはじめ、多数の聖職・信徒が参列し、礼拝堂のみならず、隣接する会館や外庭に設けられた特設席も満席になる程でした。

 司式は首座主教である植松誠北海道教区主教が務める予定でしたが、先日発生した地震の影響で横浜まで来ることが叶わず、高地敬京都教区主教が首座主教代務者として務めました。

 説教には横浜教区出身の武藤謙一九州教区主教が立ち、「主教職は新主教個人のみで担えるものではなく、神様の導きの下、教区の聖職・信徒が協働して担っていくもの。教区全体で新主教を支えていって欲しい」と私達に語りかけました。

 式は終始荘厳な雰囲気の中執り行われましたが、新しい教区主教が与えられる喜びに満ちあふれていました。

 午後は横浜駅前のホテルに会場を移して祝賀会が開催され、新教区主教の誕生をお祝いしました。植松主教からのメッセージの披露、来賓方からの祝辞の後、入江主教から挨拶があり、「主教職の重責を前にして、逃げられるものなら逃げたいとばかり思っていた」との率直な思いとともに、今日の日を迎えたことへの感謝と、教区のこれからの歩みへの抱負が語られました。

 私達の教区に入江主教が与えられたことを神様に感謝しつつ、今後、新教区主教とともに、神様の良き知らせを伝えるためにより一層励んでいきたいと思います。

日本聖公会横浜教区主教按手式・教区主教就任式のお知らせ
2018年09月02日
9月8日(土)午前10時30分から、横浜聖アンデレ主教座聖堂において、私たちの教会の所属教区である日本聖公会横浜教区の主教按手式及び教区主教就任式が執り行われ、主教被選者である司祭イグナシオ入江修師が公会の主教に按手され、第12代教区主教に就任される予定です。どうぞご参列いただき、またはお祈りの内に憶えていただきますよう、お願い申し上げます。

詳細は下記のURLをクリックしてご覧ください。
https://anglican.yokohama/?p=1783

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年8・9月)
2018年07月29日
「神様の愛を伝える聖書」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 すでに週報や聖鐘でお知らせしている通り、日本聖公会第64(定期)総会の会期中に行われた横浜教区主教選挙で、司祭イグナシオ入江修師(現横浜山手聖公会牧師)が、第1回の投票にて当選致しました。入江司祭は、主教になられることを受諾され、6月11日付で主教被選者となられました。主教按手式・就任式は、9月8日(土)です。横浜教区に新たな主教様が誕生致します。この恵みを覚え、入江司祭の主教按手に向けての良き備えと、横浜教区に良き道が備えられますよう、祈り求めて参りましょう。

 さて、私たち信仰者にとって、聖書は言うまでもなく大事な書です。聖書は、神様が人の手を通してご自身を私たちに証してくださりました。私たちは、聖書を読むことで神様の愛を知ります。

 その聖書の新たな日本語翻訳作業が進められており、本年末、『聖書 聖書協会共同訳』が日本聖書協会より刊行予定となっています。現在用いている『聖書 新共同訳』が発刊されてから四半世紀が経ち、その間における聖書学の研究を取り入れようと、2009年に日本聖書協会で新翻訳作業が行われることが決まり、翌2010年夏より翻訳作業が開始されました。新翻訳作業は、カトリックおよびプロテスタントの18の教派・団体が共同で行い、礼拝での朗読にふさわしい格調高い日本語訳を目指しているそうです。すでに各教会に、聖書協会共同訳の特徴と実例を記した小冊子が配布されており、当教会にも一部届いています。受付にありますのでご覧ください。この冊子は、日本聖書協会のホームページ(https://www.bible.or.jp/)からダウンロードして読むこともできます。

 旧約および新約聖書は、2000年〜3000年も前にヘブライ語やギリシア語で書かれました。当時は印刷技術はもちろんありません。写筆家と言われる職業人が手で書き写し、長い年月伝えてきました。その後、各国や地域の言語に翻訳され、現在日本でも、私たちは日本語で聖書を読めるのです。

 難しいのは、訳が変わると読み手が馴染みにくくなることです。これまでの慣れ親しんだ訳からちょっと表現が変わるだけで、受け手の印象が大分違います。

 しかし私たちは、聖書を神様の書として読みます。そこで神様が私たちに何を伝えようとされているのかを読むのです。聖書が証していることは、「神様は私たち一人ひとりを大切にしてくださっている」ということです。訳が変わっても、このことは変わりません。神様がいかに私たちを愛してくださっているか、そのことを私たちは聖書を通して知り、神様への信仰が深められるのです。

 神様の愛を、新たな訳で私たちに伝えようとしてくださる聖書協会の方々、翻訳者の方々に感謝し、主のみ言葉を味わってまいりたいと思います。

2018年8月・9月の主な礼拝と行事
2018年07月29日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

8月5日(日)聖霊降臨後第11主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 教会委員会
8月6日(月)主イエス変容の日
 7:00 聖餐式
8月9日(木)
 10:30 8月逝去者記念聖餐式
8月12日(日)聖霊降臨後第12主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
8月14日(火)〜16日(木)
    千葉県サマーキャンプ(千葉県少年自然の家)
8月16日(木)〜17日(金)
    千葉県中高生キャンプ(松戸聖パウロ教会)
8月19日(日)聖霊降臨後第13主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
8月24日(金)使徒聖バルトロマイ日
 7:00 聖餐式
8月26日(日)聖霊降臨後第14主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
9月2日(日)聖霊降臨後第15主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 教会委員会
9月6日(木)
 10:30 聖書の学び
9月8日(土)
 10:30 横浜教区主教按手式・就任式(主教座聖堂)
9月10日 (日)聖霊降臨後第16主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
9月13日 (木)
 10:30 9月逝去者記念聖餐式
9月16日 (日)聖霊降臨後第17主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
9月17日(月)
    千葉県教会音楽祭(千葉市民会館)
9月20日 (木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
9月21日 (金)福音記者使徒聖マタイ日
 7:00 聖餐式
9月23日 (日)聖霊降臨後第18主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     シメオン・アンナ会
9月30日(日)聖霊降臨後第19主日
 8:00 聖餐式
 9:30 聖餐式
 11:00 マリヤバザー

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年7月)
2018年06月24日
「新聖堂建築へ向けて」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 2024年に当教会は、創立90年を迎えます。2015年の受聖餐者総会で、聖堂を新築することが決議され、創立90年を記念して聖堂を新しく建て替えることとなりました。それに伴い、建築準備委員会が設置され、2016年5月以来2年間の活動を行って参りました。建築準備委員会は、前任の相澤牧人司祭の意向により、お金のことと神学的なことには一切触れないで、「どんな聖堂がいいか」「どんな教会にしたいか」など、信徒の方から幅広く意見を頂くことを使命と致しました。また、他教会を見学して、どのような設備が必要なのかを学んできました。建築準備委員会は2年間の務めを終え、5月をもって終了いたしましたが、皆さんから寄せられたご意見をいつでも見ることが出来るようにと、意見を記したボードを聖堂玄関の柱に掲示してあります。どうぞどのような意見があるかご覧ください。そしてまた、そこに新たなご意見があれば、付箋に書いて加えて頂ければと思います。

 聖堂を新しく建て替えるという事は、言うまでもなく教会にとってとても大きな出来事です。信仰生活の中で、自分が通う教会の聖堂が新しく建て替わることは、そうあるものではないでしょう。

 私たちはこれからその大きな出来事に向かって歩みを進めようとしております。そこで改めてこれを機会に、聖堂とは何か、教会とは何かについて、思いを深めようという事になり、本年9月16日の主日聖餐式後に、第1回目の学びの時を持ちたいと思います。どうぞご予定くださいますようお願いいたします。

 「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわきでる。」(ヨハネによる福音書4章14節)
 
 建築準備委員会が作ったボードには、このみ言葉が掲げられています。このみ言葉に表されているように、主こそ私たちの飢えを満たし、渇きに潤いを与えてくださるお方です。飲めば無くなってしまう水ではなく、飲んでも尽きることの無い水で、私たちの命を主は満たしてくださります。

 教会はその主イエス様と出会い、イエス様から命を与えられる場です。聖堂で主に祈り、聖餐に与って主と交わる時、計り知れない恵みで私たちの命は満たされます。聖堂新築を行うにあたり、主こそ私たちに命を与え、私たちを満たし、喜びをお与えくださる方であることを改めて覚え、歩んで参りたいと思います。

2018年7月の主な礼拝と行事
2018年06月24日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

7月1日(日)聖霊降臨後第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
7月5日(木)
 10:30 聖書の学び
7月8日(日)聖霊降臨後第7主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
7月12日(木)
 10:30 7月逝去者記念聖餐式
7月15日(日)聖霊降臨後第8主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 マリヤ子供絵画教室(引き続き、夏のお楽しみ会)
7月19日(木)
 14:00 清山荘訪問
7月22日(日)聖霊降臨後第9主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
7月23日(月)マグダラの聖マリヤ日
 7:00 聖餐式
7月25日(水)使徒聖ヤコブ日
(司祭出張のため聖餐式はありません。)
7月29日(日)聖霊降臨後第10主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年6月)
2018年05月27日
「主の御助けによって」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央

 今年も5月13日の主日に、当教会創立84年記念のお祝いの時を持つことが出来ました。また、この日は敬老の集いも行い、礼拝後には人生の先輩方を囲み、和やかな歓談の時を持ちました。当教会で敬老の日をお祝いする80歳以上の方は99名おられます。お一人ひとりの歩みには様々なことがあったことでしょう。しかしその歩みを、主が守り、支えてくださいました。私たちはその事を感謝し、これからも主が御手を持ってお一人ひとりを支えてくださいますようにと、祈って参りたいと思います。

 創立記念日の翌週、教会暦は聖霊降臨日を迎えます。イースターから聖霊降臨日までの50日間は「大いなる50日」と言われ、教会は主イエス様の復活の喜びを盛大に祝います。

 聖霊降臨の出来事は、弟子たちに力を与えました。弟子たちは聖霊により力を得て、力強く世界各地に宣教に出かけます。そして多くの教会を生み出し、各地に福音が広まっていきました。そのことから聖霊降臨日は、しばしば「教会の誕生日」と言われます。

 聖霊降臨の出来事によって弟子たちが各地で福音を宣べ伝え、さらにそこから世界各地へと福音が広まりました。そして果ては遠く離れたこの日本まで広まり、私たちの教会までつながっていきます。そして市川聖マリヤ教会が生まれ、この地で84年もの間、福音を宣べ伝えて参りました。

 聖霊降臨の少し前に主イエス様の昇天の出来事が起こります。その出来事を、聖マルコは次のように伝えます。「主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとおしめしになった。」(マルコによる福音書24章19・20節)

 聖マルコは、聖霊降臨の出来事については触れていませんが、しかし主の昇天の後、弟子たちが出かけて行って至るところで宣教したこと。そして主が弟子たちと共にいて働かれたことを伝えています。

 主の昇天から聖霊降臨を経験した弟子たちが、各地へ福音を宣べ伝え教会を生み出していった時、彼らの力だけで成しえたのではありません。主が共におられ、彼らの働きを助けられたのです。同じように、市川聖マリヤ教会の84年の歩みも、当教会に集う人の力だけで歩みを続けて来られたのではなく、主の助けがあったのです。主の御助けによって歩んで来られたのです。創立記念を迎え、教会の誕生を祝う時、主が共に働かれて、導かれたことを覚え、感謝の祈りをささげたいと思います。そしてこれからも、主の御助けを信じ、この市川の地で、ご一緒に主イエス様の喜びを伝えて参りたいと思います。

2018年6月の主な礼拝と行事
2018年05月27日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

6月2日(土)
    男子会草取り・渡部司祭歓迎会
6月3日(日)聖霊降臨後第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 教会委員会
     婦人会お仕事会・もより連絡会
6月10日(日)聖霊降臨後第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 マリヤ子供絵画教室
 13:00 キャンドル会
6月11日(月)使徒聖バルナバ日
 7:00 聖餐式
6月14日(木)
 10:30 6月逝去者記念聖餐式
6月17日(日)聖霊降臨後第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 幼稚園保護者の集い
6月21日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
6月24日(日)聖霊降臨後第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     シメオン・アンナ会
6月29日(金)使徒聖ペテロ・聖パウロ日
 7:00 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年5月)
2018年04月29日
「あなたがたに平和があるように」

牧師 司祭 ダビデ 渡部 明央
 
 4月から市川聖マリヤ教会牧師、および浦安伝道所管理牧師に就任致しました、司祭の渡部明央です。前任地は神奈川県の藤沢聖マルコ教会でしたが、前任地も含め、これまで派遣された教会はすべて神奈川県でしたので、千葉県は初めてになります。市川近辺の地名も分からず、右往左往していますが、引っ越してきてから1ヶ月ほど経ち、少しずつ市川に馴染んで参りました。10年ほど前になりますが、神学生の時に1年間、市川聖マリヤ教会で実習させて頂いたことがございます。久しぶりにお会いする方も、初めてお会いする方も、これからご一緒に主イエス様が示される喜びの道を歩んで参りたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 今教会は主イエス様のご復活を祝う期節を過ごしています。ご復活の主イエス様は、弟子たちの前に現れ、「あなたがたに平和があるように」と言われました。聖書には、「弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた」(ヨハネによる福音書20章19節)とあります。主イエス様が十字架にかかる時、弟子たちの多くはその場から逃げ去ってしまいました。弟子の一人であるペトロは、イエス様のことを3度も「知らない」と言って十字架刑に処せられようとしているイエス様との関係を否定します。弟子たちは師であるイエス様を失い、悲しみと恐れ、そして師を裏切った後悔の内にいました。

 そこへ主イエス様は現れ、「あなたがたに平和があるように」と言われました。この言葉には、「神様が共におられる」という意味があります。主イエス様は、ご自分を裏切り、逃げ去ってしまった弟子たちを咎めることなく、彼らを赦し、「あなたがたに平和があるように」と、弟子たちを包まれたのです。この言葉によって弟子たちはどれだけ慰められ、励まされ、そして勇気づけられたことでしょう。

 聖餐式のはじまりに、「主イエス・キリストよ、おいでください」「弟子たちの中に立ち、復活のみ姿を現されたように、わたしたちのうちにもお臨みください」と唱和します。この祈りは、「おいでください」と呼び掛けていますが、主イエス様がわたしたちのもとに来てくださっていることを信頼し、確信している祈りであります。この祈りが表すように、復活の主イエス様はわたしたちの前にそのみ姿を現し、「あなたがたに平和があるように」と声をかけてくださっています。わたしたちも神様を忘れ、主から離れて生きている時があります。しかし主はそのようなわたしたちを赦し、御手を広げて慰め、「あなたに平和があるように」と言葉をかけてくださっているのです。この主イエス様のお姿にわたしたちが留まる時、神様の計り知れない平安に包まれ、慰めと励ましが与えられるのです。ご復活の主は、わたしたちにもそのみ姿を現してくださっています。そのことを覚え、祝いの時を過ごして参りましょう。

2018年5月の主な礼拝と行事
2018年04月29日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

5月1日(火)使徒聖ピリポ・聖ヤコブ日
 10:30 聖餐式
5月3日(木)〜5日(土)
    教区中高生キャンプ(横浜教区祈りの家)
5月6日(日)復活節第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
5月10日(木)昇天日
 10:30 聖餐式・ 5月逝去者記念聖餐式
5月13日(日)復活節第7主日(昇天後主日)
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    創立84周年記念日・敬老会祝会
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
5月17日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
5月20日(日)聖霊降臨日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 オールターのつどい
5月27日(日)三位一体主日・聖霊降臨後第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

イースターおめでとう
2018年04月01日

 イースターおめでとうございます!!主のご復活をお祝い申し上げます。

 イースター(復活日)は十字架の上で死なれたイエス様が、その日(金曜日)から数えて3日目によみがえられたことを記念する、キリスト教最古の、そして最大の祝日です。

 イースターはクリスマス(降誕日・12月25日)とは違い、移動祝日と呼ばれ、毎年日付が異なります。3月21日以降の満月の後の最初の主日(日曜日)と決められています。今年の復活日は4月1日でした。

 当日は午前8時と午前10時30分に礼拝が行われ、約200名の方々と共に、イエス様の復活をお祝いしました。

 午前10時30分の礼拝後には、4月1日付けで正式に牧師に就任した渡部司祭とお連れ合いの真喜子姉の歓迎会を兼ねてイースターの祝会が盛大に行われました。

 祝会には、市川聖マリヤ幼稚園の先生方も参加され、4月1日付けで新たに就任した宮ア園長から一人ひとりが紹介されました。

 祝会では、司会のH姉から渡部司祭と真喜子姉にインタビューが行われ、お二人の今までの信仰生活や出会いについて披露されました。H姉はお二人が中高生キャンプの参加者だった頃のスタッフだったということもあり、かなり突っ込んだ質問もなされ、たじたじの様子のお二人に会場には笑いが起こっていました。

 最後に、渡部司祭の特技であるギターの伴奏で聖歌が歌われ、喜びの中、祝会はお開きとなりました

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年4月)
2018年03月31日
「復活信仰に生きる」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 今年もキリスト教最大の祝い日である『復活日』を迎えます。今年は4月1日がその記念の日です。復活日は「移動祝日」と言って毎年その日が変わります。その決め方は、3月21日以後の満月の後の最初の日曜日となります。

 さて、キリスト教信仰の根幹は、イエス様が復活し今も生きておられるという所にあります。十字架に架けられ、死んでしまったけれども、三日目に死をも滅ぼして復活し、今も生きておられるということ。そして、日々私たちを支え、導き、愛し、護り、教え、励まして下さっていること。この喜びに生きることが、キリスト者の信仰生活なのです。復活信仰に生きるというのは、イエス様は今も生きておられるということを受け入れ、信じ、それを実感していくことです。

 死んだイエス様が復活したなんてあり得ない、信じられない、と真剣に思うなら、それで終わりでしょう。そうではなく、確かに生きておられると信じ受け入れる時、視野が広がり、生きる方向が明確に定められることでしょう。今も生きておられることは聖書全般にわたって記されています。聖書はその信仰に立って書かれ、残され、伝えられてきているのです。

 ではその生きる方向とはなんでしょうか。それは、イエス様は今も私たちに語りかけておられるということであり、その声に耳を傾けることです。イエス様は今も私たちを見守っておられ、私たちの行動をすべてご存知なのです。イエス様は今も私たちと共に生きようとされていて、神の国の完成に向かって私たちを用いようとされているのです。

 この現実を知る時、私の、また私たちの生き方はひとつの方向を示し、その方向に向かって歩くことが求められているのだと気づかされるのではないでしょうか。

 復活信仰に生きるというのは、要するに、イエス様の心を自分の心として生きるということであると言えます。そして、復活を受け入れられないのなら、イエス様の教えは、立派で偉大な教師が残していった単なるひとつの倫理となるのではないかと思います。それは、自分にとって何か嫌なことが出てきたら、簡単に離れることが出来るということをも意味しているでしょう。しかし、今も生きておられ、私たちと共に在ることを実感し、イエス様を受け入れる者には、イエス様の心を求め続け、それに近寄り続け、自らを律し、悪魔の誘いを退ける武器となり、深い意味で、平安に生きることができることでしょう。深い意味での平安とは安易なものではないということです。そこには辛さもあるし、悲しさもあるし、やりきれなさもあります。しかし、その理由が、イエス様の心を求めることの故に起きてくるものであるならば、それが平安というものなのだ、と気がつきたいものです。

 私たち(教会)にとっての最大の喜びであるイエス様の復活を記念し、覚える日を迎える時、あなたは何を想いますか。どうぞ、それぞれの中で思い巡らし、黙想し、この事実を深めてほしいものです。

 復活日の聖餐式の中で用いられる特別叙唱は、「み子、主イエス・キリストの尊いよみがえりのゆえに、主をほめたたえます。み子はまことの過越の小羊として、わたしたちのために供えられ、世の罪を除き、その死によって死を滅ぼし、そのよみがえりによって永遠の命を与えてくださいました」(祈祷書193頁)と賛美します。この荘厳な現実に私たちも「あずかり」たいものです。

※「あずかる」とは、参加する、その事実とひとつになる、その中身を自分のものとする、その意味を獲得する、という意味です。

2018年4月の主な礼拝と行事
2018年03月31日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

4月1日(日)復活日
 8:00 聖餐式
 10:30 聖餐式
    礼拝後、祝会及び渡部司祭夫妻歓迎会
 13:30 教会委員会
4月2日(月)復活後月曜日
 10:30 聖餐式
4月3日(火)復活後火曜日
 10:30 聖餐式
4月4日(水)復活後水曜日
 10:30 聖餐式
4月5日(木)復活後木曜日
 10:30 聖餐式
4月6日(金)復活後金曜日
 10:30 聖餐式
4月7日(土)復活後土曜日
 10:30 聖餐式
4月8日(日)復活節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
4月9日(月)聖マリヤへのみ告げの日
 10:30 聖餐式
4月11日(水)
    幼稚園入園式
4月12日(木)
 10:30 4月逝去者記念聖餐式
4月15日(日)復活節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
4月19日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
4月22日(日)復活節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     シメオンアンナ会
 13:30 マリヤ子供絵画教室(市川動植物園)
4月25日(水)福音記者聖マルコ日
 10:30 聖餐式
4月28日(土)
 11:00 千葉県下合同礼拝(福田聖公会)
4月29日(日)復活節第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

復活前主日(棕櫚(しゅろ)の日曜日)
2018年03月25日

 今日は復活前主日です。私たちの教会では、イエス・キリストが十字架上での受難を前にエルサレムに入場された際、群衆が棕櫚(しゅろ)の枝を道に敷いたり手に取って迎えた出来事を記念し、礼拝堂に入堂する際に棕櫚の枝や棕櫚で作られた十字架を手に持って行進を行いました。

 なお、今日の礼拝から、新牧師である司祭ダビデ渡部明央(わたべあきお)師が司式・説教をすることになります。正式な牧師就任は4月1日からですが、前任者の相澤司祭と入れ替わりで牧師館に入居し、一足早く司牧を開始しています。新牧師の説教を聴きに是非教会へ足をお運びください。

「教会音楽でつづるイエス・キリストの受難」
2018年03月18日

 3月18日(日)午後、当教会礼拝堂で「教会音楽でつづるイエス・キリストの受難」と題したミニコンサートが行われました。

 このミニコンサートは、イエス・キリストが十字架に磔になった際に十字架上でおっしゃった「十字架上の七つの言葉」を、聖歌及びオルガン演奏を通じて黙想するという趣旨で開催されました。

 このミニコンサートは、25年前に相澤牧人司祭が牧師を務められていた横浜聖クリストファー教会で行われたコンサートに着想を得て企画されました。その後、ミニコンサート当日をもって相澤司祭が教会を去られることが決まり、本来の趣旨に加え相澤司祭を送別するという想いも込め、聖歌隊やオルガニストは日々練習を重ねてきました。

 約1時間の短い時間でしたが、聖歌10曲の演奏、相澤司祭によるメッセージ、千葉県教会音楽祭で交流のある他教派の信徒が作曲されたオルガン曲の初演等があり、充実したひとときとなりました。

相澤司祭による最後の聖餐式・相澤司祭ご夫妻送別愛餐会
2018年03月18日

 今月末で定年退職を迎える当教会牧師司祭ヨハネ相澤牧人師による当教会での最後の聖餐式が執り行われました。

 礼拝堂には、イースターやクリスマスと同じ位の人数である130名以上の方々が参列され、相澤司祭による最後の説教に耳を傾け、相澤司祭から一人ひとり聖餐を拝領し、祝福を受けました。

 礼拝後には送別愛餐会が行われ、教会委員会、日曜学校、幼稚園、婦人会、男子会から、3年8か月にわたってお世話になった相澤司祭ご夫妻への感謝の言葉や記念品が贈られました。

 最後に、相澤司祭とお連れ合いの緑さんからメッセージをいただき、聖歌を歌ってお開きとなりました。

 愛餐会が終わった後も、多くの方々が名残惜しそうにお二人と挨拶を交わしていました。

 これから新たな地で新しい生活を始められる相澤司祭ご夫妻の上に神様の祝福が豊かにありますようにお祈りしています。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年3月)
2018年02月25日
「愛は隣人に害を加えることはない」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 イエス様を救い主として信じ、受け入れ、生きていこうとする私たちとは何者なのだろうか。それは、宗教とは何かということにつながり、また、宗教の原則とは何かということになるのだと思います。

 宗教の原則は聖書の中に見出すことが出来ます。それはパウロの言葉の「愛は隣人に悪を行いません」(ローマの信徒への手紙13章10節)ということです。口語訳では「愛は隣人に害を加えることはない」となっています。「愛は隣人に悪を行わない」、「愛は隣人に害を加えることはない」、明快な真理だと思います。この原則は、信仰の生活とは何かということを明確にしてくれていると思います。ロマ書のこの箇所の後の言葉は「だから、愛は律法を全うするものです。」と続きます。神から与えられた律法は、それを生きる時、隣人に害を加えないのです。言い換えるなら、一人ひとりのいのちを大切にするということでしょう。それが律法を完成させるのです。

 これに関連して、もう一つのことを教えられました。「宗教は、人間のすべての問題を、短期のものも、長期のものも考慮に入れなければなりません。長期にわたることについて、すなわち、私たちは今どのような社会で生活したいと思っているかということについて、またその一方で、さらに子どもたちや孫たちのためにどのような社会を残していってあげたいのかということについて考えることを、これほど自らの本質として備えている機関は他にはあまりありません。」(ロバート・N・ベラー博士 ウイリアムズ主教記念基金講座での講演より)

 宗教は、自らが持つ使命として、私たちが住むこの社会をどのようにしていくことなのかを問い続け、まさに“神の国の実現”へと歩み続けることにあるのだと理解しました。イエス様が語る神の国は、いのちを大切にする(隣人に害を加えない)状態のことです。教会は政治の問題、社会の問題を語るところではない、というような意見を聞くことがあります。はたしてそうでしょうか。いのちの問題は深く政治にも関わり、社会問題にも関わる事柄なのではないでしょうか。

 私たちは、本当に幸いなことに宗教者として生きています。キリスト者は日本では人口の0.8%です。しかし、その存在価値は大きいと思います。また、大きくしていかなければならないと思います。それは、キリスト者が、宗教の原則、宗教の本質を理解し、それを生きていくことによってなされていくことなのだと思います。信仰者が声を出すことの大切さを思いたいものです。教会がその原則(預言者としての役割)によって発言する意味深さを意識したいものです。なぜなら、それは宣教の働きの一つなのであると思うからです。

2018年3月の主な礼拝と行事
2018年02月25日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

3月2日(金)
 10:30 世界祈祷日(日本基督教団新津田沼教会)
3月4日(日)大斎節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 礼拝後 大斎プログラム「葬儀について」
 13:30 教会委員会
3月8日(木)
 10:30 3月逝去者記念聖餐式
3月11日(日)大斎節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
3月15日(木)
 市川聖マリヤ幼稚園卒園式
 14:00 清山荘訪問
3月18日(日)大斎節第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    相澤司祭夫妻歓送会
 14:00 「教会音楽でつづるイエス・キリストの受難」
3月21日(水)
 10:30 北総・東総地区婦人大斎静想日(銚子諸聖徒教会)
3月25日(日)復活前主日(しゅろの主日)
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会
3月26日(月)復活前月曜日
 10:30 聖餐式
3月27日(火)復活前火曜日
 10:30 聖餐式
3月28日(水)復活前水曜日
 10:30 聖餐式
3月29日(木)聖木曜日
 19:00 聖木曜日の礼拝
3月30日(金)聖金曜日(受苦日)
 12:00 3時間礼拝
3月31日(土)聖土曜日
 10:30 聖土曜日の礼拝
 19:00 復活のろうそくの祝福
4月1日(日)復活日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    祝会・渡部司祭夫妻歓迎会

「教会音楽でつづるイエス・キリストの受難」
2018年02月21日

 現在、教会の暦では「大斎節」と呼ばれる期節を迎えています。

 大斎節は復活日(イースター)の前の40日間の期節で、古来より修養と慎みに励む期間とされており、当教会でも、この時期に様々な信仰に関する学びの機会を持ってきました。

 今年は「教会音楽でつづるイエス・キリストの受難」と題して、イエス・キリストが十字架に磔になった際に十字架上でおっしゃった「十字架上の七つの言葉」を聖歌とオルガン演奏を通じて黙想したいと思います。

 なお、この日が相澤司祭による当教会での最後の礼拝となります。是非多くの方々に来場いただきたいと思います。

■日時
2018年3月18日(日)午後1時50分会場・午後2時開演

■会場
市川聖マリヤ教会礼拝堂

■出演
市川聖マリヤ教会聖歌隊、オルガニストほか

■演奏プログラム
1 聖歌145番「血しおしたたる」J.S.Bach マタイ受難曲 受難のコラール
   …朗読… 
2 「十字架のフーガ」(オルガン)  作曲 松尾茂春
3 十字架上のキリストの最期の7つの言葉
   …朗読…
  第一の言葉「父よ 彼らを ゆるしたまえ」(ルカによる福音書23章34節)聖歌150番
  第二の言葉「この日 なんじはともに パラダイスに憩う」(ルカによる福音書23章43節)聖歌151番
    …朗読…
  第三の言葉「女よ そこにあなたの子がいます」(ヨハネによる福音書19章26〜27節)聖歌149番
   …朗読…
  第四の言葉「わが神 などか 我をすてし」(マタイによる福音書27章46節)聖歌152番
   ―メッセージ―   相澤司祭
  第五の言葉「われ渇く」(ヨハネによる福音書19章28節)聖歌153番
   …朗読…
  第六の言葉「成し遂げられぬ」(ヨハネによる福音書19章30節)聖歌154番
   …朗読…
  第七の言葉「父よ 私の霊をみ手にゆだねます」(ルカによる福音書23章46節)聖歌155番
4 「Ave verum corpus」 作曲 E.Elgar(1857-1934)
5 聖歌124番「愛の神のみそばへ」
6 「復活のテーマ プレリュードとフーガ」(オルガン) 作曲 松尾茂春
   …朗読…
7 聖歌170番「栄光の主を 祝いて歌う」
8 後奏(オルガン)

※オルガン曲の作曲者松尾茂春氏は日本長老教会柏シャローム教会所属。今回演奏されるオルガン曲は本邦初演。
※入場無料。事前申込不要。

堅信受領者総会
2018年01月28日

 本日礼拝後、2018年度堅信受領者総会が礼拝堂で行われました。

 堅信受領者総会とは、牧師が議長を務める教会の最高意思決定機関で、主教から堅信を受け所属教会で年2回以上陪餐を受けた16歳以上の信徒により構成されています。

 開会にあたり、牧師の相澤司祭から挨拶があり、4月以降の牧師交代や6年後の教会新築の話題に触れた上で、今年も信徒一人ひとりが教会生活を守りつつそれぞれの場で宣教に励んでいただきたいとの言葉がありました。

 その後、昨年度の活動報告、今年度の教会諸委員の紹介、教会会計の予決算報告等が行われ、全ての議案が賛成多数で承認されました。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年2月)
2018年01月27日
「天国と地獄」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 「しんだらどうなる?どうしたい?いきているあいだに考えてみよう」という紹介の帯が付いた絵本があります。ヨシタケシンスケさんの「このあとどうしちゃおう」という面白く、考えさせられるものです。

 おじいさんが亡くなり、整理をしていたら、自分が将来死んだらどうなりたいか、どうしてほしいかが書かれているノートが出来てきました。天国にはこんな神さまがいてほしいとして、「今までの思い出話を面白がって聞いてくれる。誰にも言えなかったことを聞いてくれる。あれは神さまのせいなんじゃない?と文句が言える。空の飛び方を教えてくれる。いろいろ相談に乗ってくれる。ほっといてくれる。・・・」と記されています。そして、天国はきっとこんなところだろうと想像します。「あちこちにふとんと温泉がある。とにかくおさしみがおいしい。景色のいいトイレ。空が飛べるのでどこにでもすぐに行ける。みんな必ずどこかほめてくれる。・・・」とあります。

 また、地獄はこんなところだろうと考え、「トイレは一個しかない。何をしてもおこられる。どこでもギュウギュウ。誕生日にもらえるケーキがものすご〜く苦い。とにかくくさい。・・・」と想像します。

 この他にもまだまだいろいろなことが記されています。そして、これを見つけた子供が、自分もこのあとどうしちゃおうノートを作るためにノートを買いに行きます。何を書こうかと考えていくと、死んじゃった後のことを考えようとすると、いま生きているうちにやりたいことがいっぱいあることに気がつくのです。そして「生きているあいだはどうしちゃおう」ノートがあってもいいかななんて思い、とりあえず今日は、天国に行ったときのために空飛ぶ練習(ブランコで)をした、と記して終わります。

 2018年の新しい年を迎え、気持ちも新たに再び信仰の生活を続けていこうとする時、天国と地獄のことを想うこともまた意味深いのではないでしょうか。この絵本で語られていることは、私たちキリスト者にとっても、天国の本質について思いを巡らすことが出来るのではないでしょうか。「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された」(創世記1章27節)と教えています。聖書の人間観です。神に似せて作られている私たちは、神ではないけれども“神のように”生きることが求められているのです。こんな神さまがいてほしいと語られていることを読む時、私たちがそのようになる時、そのように生きる時、そこが天国になるということなのではないでしょうか。イエス様は言われました。「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(ルカ17章20〜21節)と。

 今年もまた導きが豊かにありますように。そして、神の国の実現に向かっての歩みを続けていきましょう。

2018年2月の主な礼拝と行事
2018年01月27日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

2月1日(木)
 10:30 聖書の学び
2月2日(金)被献日
 10:30 聖餐式
2月4日(日)顕現後第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
2月8日(木)
 10:30 2月逝去者記念聖餐式
2月9日(金)〜10日(土)
 北総宣教協議会信徒修養会(講師:相澤牧人司祭、ホテルプラザ菜の花)
2月11日(日)大斎前主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 男子会総会
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
2月14日(水)大斎始日(灰の水曜日)
 10:30 聖餐式
2月15日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
2月18日(日)大斎節第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
2月25日(日)大斎節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会

牧師の異動について
2018年01月21日
 私たちの教会が属している日本聖公会横浜教区の人事異動が1月9日付けで公示され、当教会の現牧師である司祭ヨハネ相澤牧人師が3月31日付けで定年退職となり、4月1日付けで藤沢聖マルコ教会牧師の司祭ダビデ渡部明央(わたべあきお)師が新牧師として任命されることが発表されました。
 新牧師のもとで、より一層神様と人々に仕える教会として歩んでいきたいと願っています。

堅信受領者総会に関する公示
2017年12月25日
         公 示

2018年度の堅信受領者総会を下記のように行います。

   議案:2017年度会計決算承認の件
      2018年度会計予算承認の件
      年間予定の件
      その他

            記

   2018年1月28日(日)礼拝後聖堂

          2017年12月25日
           市川聖マリヤ教会
            牧師 司祭 相澤 牧人

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2018年1月)
2017年12月23日
「平和の君、主イエス・キリストの降誕」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 クリスマスおめでとうございます。この挨拶は何のことなのでしょうか。マリアが天使ガブリエルから、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」と語りかけられ、戸惑い、そして考え込んだと聖書(ルカによる福音書1章28〜29節)は記していますが、何のことかと思い巡らしているマリアと同じように、私たちもクリスマスのめでたさの意味を思い巡らしてみたいと思います。

 「おめでとう」という言葉には新しいことが始まるという意味があるようです。入学おめでとう、結婚おめでとう、就職おめでとう、退院おめでとう等々と言われますが、それは次の新しい生活が始まることを意味しています。では、クリスマスの出来事で新しいことが始まるとはどういうことなのでしょうか。

 それはイザヤの預言の言葉にその答えを求めることが出来るのだと思います。「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。・・・ その名は、“平和の君”と唱えられる。」(イザヤ書9章5節)と語ります。イエス様の誕生・降誕は、平和の君として来られたこと、そしてそれは神の国が始まったことを意味しています。神の国とは、平和な状態、つまり、いのちの尊厳が守られる状態であると言い換えることができるでしょう。しかしその神の国は、イエス様が来られたことによって始められたのですが、いまだ完成には至っていないというのが教会の理解です。

 平和、キリスト者は殊にこのことを意識していかなければならない大切な事柄であると思います。それは国益とも言えるのではないかと思います。殊に今、この国益ということの理解が問題となっています。「戦争の大問題」という本を書いた丹羽宇一郎さんはその著書の中で「国益とは、国民が安全かつ健全に暮らせる環境である。」と言われています。また、大飯原発3、4号機の運転差し止め請求事件での福井地裁の判決では、「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」と言っています。この二つのことは私たちに大切な視点を与えてくれているのではないでしょうか。何が国益なのか、何が国富なのか、何が平和なのか。神から私たちに与えられている一つひとつのいのちが本当に大切なものであるということ、それを尊重していく世界を構築していくことが、平和な世界、神の国の完成へと向かうのだと思います。

 クリスマス、平和の君として来られたイエス様を迎えるこの時、その想いを深めていきたいものです。そして、心から「クリスマスおめでとうございます」との挨拶を交わしていきたいものです。救い主イエスの降誕を喜び祝いましょう。クリスマスおめでとうございます。

2018年1月の主な礼拝と行事
2017年12月23日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

1月1日(月)主イエス命名の日
 11:00 聖餐式(新年礼拝)
1月6日(土)
 10:30 顕現日
1月7日(日)顕現後第1主日・主イエス洗礼の日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 新旧合同教会委員会
1月11日(木)
 10:30 1月逝去者記念聖餐式
1月14日(日)顕現後第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
1月18日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
1月20日(土)
 14:00 キリスト教一致祈祷週間合同礼拝(カトリック市川教会)
1月21日(日)顕現後第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 男子会総会
1月26日(金)
 18:30 北総宣教協議会
1月28日(日)顕現後第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    堅信受領者総会
 13:00 婦人会総会
2月2日(金)被献日
 10:30 聖餐式

クリスマス礼拝のご案内
2017年12月21日

「クリスマスの喜びをごいっしょに」

 預言者の中で最大の人物と言われているイザヤが、救い主の誕生を預言し、その方は「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられると宣言しました。これは、やがて来られるイエス様の働きを説明しているのでしょう。実際イエス様はその様に活躍されたのでした。その中で、私たちは平和の君として来られたイエス様を明確に理解していかなければならないと思います。
 クリスマスは、み子の降誕の喜びと共に、私たちが平和を作り上げるために何をして行かなければならないのかを考える時でもあるのだと思います。その平和は、イエス様が考える平和です。戦争がないというようなことではなく、一人一人の”いのちを大切にする”という生き方から生じる平和です。それは別の表現をするなら、神の国の実現ということでもあるのです。
 私たちがイエス様の降誕を祝うということは、すなわち、その平和、神の国の実現に向かって、それぞれ自分の生きている現場で、出来ることをしていくことなのだと思います。
 今年もその思いをもってクリスマスの時を過ごし祝いたいものです。

          2017年降臨節

           日本聖公会横浜教区市川聖マリヤ教会
            牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

★クリスマス諸礼拝のご案内★
12月24日(日)午後2時   日曜学校クリスマス
       午後4時   ページェント
       午後6時   クリスマスイブ礼拝
       礼拝後   祝会・キャロリング
12月25日(月)午前0時   降誕日第1聖餐式
       午前8時   降誕日第2聖餐式
       午前10時30分 降誕日第3聖餐式・主礼拝
       礼拝後   祝会
1月1日(月) 午前11時 主イエス命名の日聖餐式

※受聖餐者の方は降誕節の中で聖餐を受けられることをお勧めします。
※病床・家庭聖餐をご希望の方は司祭までお申し出ください。
※クリスマス献金は、降誕節の礼拝の中でおささげください。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年12月)
2017年11月25日
「油断」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 「過ぎたる自信と傲慢の故に、持てる油を失い、その首を断たれた者があった。古の賢人はこれを“油断”と呼び、後の世の戒めとした。」かなり前のテレビドラマの冒頭でのナレーションで言われていたこの言葉が私の心に残っています。

 教会は、降臨節を迎えるにあたって、灯をともして花婿を迎える役割を与えられた十人の乙女の中の5人が、予備の油を持っていなかった故に愚かと判断されてしまった「十人のおとめの譬え」(マタイによる福音書25章1〜13節)から学ぶことを求めています。それは、私たちが日々の信仰生活を送る時、「いかに生きるか」ということを考え続け、実践して行くことに思いを巡らし、「油断」という言葉が指し示す意味を深めることでしょう。

 この譬えでは、花婿は終末の時に再び来ると言われているイエス様を指しています。そしておとめたちの役割は油を持って灯火に火をつけ、その花婿を迎えることにありました。この大切な役割を担うのに、予備の油を持っていなかったおとめたちは、花婿の到着が遅れた時、油が足りなくなってしまったのです。でも、その時に持っている者がそれを補い、共に花婿を迎えればよいのではないか、と率直に思います。ところが、予備の油を持っていなかった者を『愚か』と表現し、断罪しています。予備の油を持っているかいないかがその判断の分かれ目となっているのです。となると、この予備の油とは何を意味しているのでしょうか。このメッセージは、「神の前では、人から借りることができないものがある」、「自分で用意しなければならないものがあるのだ」ということなのではないでしょうか。

 では、借りることが出来ないものとは何でしょうか。品性は自分で身につけなければなりません。それは一度身につけたならもう永遠になくならないというものでもありません。絶えずそれを磨き、なくならないようにしなければならないでしょう。同じように信仰もそうでしょう。これも自分が持たなければならないのです。また、一度信仰を持ったらそれで良いというものでもないのです。磨かなければ、強めていかなければ、それはなくなってしまうものです。

 私たちは、やがて来られると約束していって下さったイエス様を、希望を持って待ち続けるということなのです。「あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」と言われておりますように、私たちが知らないということは、その日がいつ来るのかと怯えながら毎日を過ごすというのではなく、一日一日の生活を『油』を十分に持って過ごしていくことなのだということを意味しているのです。

 そしてイエス様は、「目を覚ましていなさい」とも語ります。目を覚ましていることとは、準備することであり、謙遜に生きることであり、神を信頼することであると言えましょう。そのように生き続けることが、目を覚ましている状態なのだと思います。

 油断。心して降臨節を迎えていきましょう。

2017年12月の主な礼拝と行事
2017年11月25日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

12月3日(日)降臨節1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
    マリヤ子供絵画教室クリスマス会
12月7日(木)
 10:30 聖書の学び
12月10日(日)降臨節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式 
 13:00 キャンドル会
12月14日(木)
 10:30 12月逝去者記念聖餐式
12月17日(日)降臨節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式 
 14:20 マリヤコンサート
12月20日(水)
     幼稚園クリスマス
12月21日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
12月24日(日)降臨節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式 
 14:00 日曜学校クリスマス
 16:00 ページェント
 18:00 クリスマスイブ礼拝
    祝会
    キャロリング
12月25日(月)降誕日
 0:00 第1聖餐式
 8:00 第2聖餐式
 10:30 主礼拝
    祝会

「マリヤコンサート」のご案内
2017年11月19日

 当教会のクリスマス前の恒例行事である「マリヤコンサート」を2年ぶりに行います。

 今年は、当教会出身の音楽家、たか素子さんをお迎えし、チェンバロの演奏を披露していただきます。

 さらに、たかさんのご友人でフルート奏者の萩谷康一さん、バイオリン奏者の盛野直樹さん、そしてたかさんのご家族にも加わっていただき、チェンバロとのセッションを披露していただきます。

 普段なかなか目にする機会の無いチェンバロの演奏や、チェンバロと他の楽器とのセッションを楽しめる絶好の機会ですので、是非足をお運びください。

★日時:12月17日(日)14時開場・14時20分開演
★会場:市川聖マリヤ教会礼拝堂 千葉県市川市八幡3-19-11
    JR・京成・都営地下鉄本八幡駅から徒歩数分
★入場無料
★どなたでもお気軽にご入場ください

「第28回 北総宣教協議会 キリスト教勉強会」のご案内
2017年11月01日

 私たちの教会が属している日本聖公会横浜教区では、千葉県北総地域にある諸教会・伝道所(千葉復活教会、松戸聖パウロ教会、柏聖アンデレ教会、浦安伝道所、市川聖マリヤ教会)が「北総宣教協議会」を結成し、様々な福音宣教の業を協働しながら行っています。

 その一環として、1987年(昭和62年)から毎年秋に「キリスト教勉強会」と題して、様々な分野の専門家からの学びの時を持っています。

 第28回の今年は、当教会を会場に、「メメント・モリ(自分の死を記憶せよ)−最期を迎える心の準備…病院チャプレンの視点から−」と題して、聖路加国際大学キリスト教センター主任チャプレンを務められているケビン・シーバー司祭をお迎えし、日々人生の最期を迎える人々と接している病院の牧師としての立場からお話をしていただきます。誰にでも訪れる「死」について思い巡らせることを通じて、今を「生きる」ことの意味をご一緒に考えて行きたいと思います。

 どなたでもご参加いただけます。大変貴重な機会ですので、多くの皆様のご参加をお待ちしています。

 【第28回 北総宣教協議会キリスト教勉強会】
  「メメント・モリ(自分の死を記憶せよ)−最期を迎える心の準備…病院チャプレンの視点から−」
 ★講師:ケビン・シーバー司祭(聖路加国際大学キリスト教センター主任チャプレン、日本聖公会東京教区司祭)
 ★日時:11月25日(土)14時〜16時
 ★会場:市川聖マリヤ教会 千葉県市川市八幡3-19-11
     JR・京成・都営地下鉄本八幡駅から徒歩数分
 ★会費:300円
 ※事前申込不要。直接会場にお越しください。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年11月)
2017年10月29日
「逝去者のために祈ること」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 教会は11月を「死者の月」として記念します。そして逝去者を憶え、逝去者のために祈ります。それは、逝去者との交わりを深めることを望んでいるということでしょう。

 では、逝去者のために祈るとはどういうことなのでしょうか。それは、死をどう理解するか、ということがその答えを示してくれるでしょう。「死は全くなんでもない。わたしはただ、次の部屋にそっと入っただけです。私たちがお互いに持った関係は、今でもまだ続いています」と考える方がいます。また、「死とは陽が落ちる時のようなものだ。私たちの目からは隠れて見えなくなってしまっても、太陽そのものは地平線の向こうで変わらずに輝いている。それと同じように、生命は死後も変わらずに存在続けるのだ。」と。私たちがこのような理解を持つことが出来るなら、逝去者との交わりの豊かさが、さらに広がっていくのではないでしょうか。

 すると、大きな問いが示されてきます。死がすべての終わりなのではないとなるなら、今この世にいる私たちはどのように生きるのだろうか、と。このことを考える時、私たちには、神様から一人ひとりに、平等に与えられているものが三つあるということを知りたいものです。それは、命と時間と死です。私たちは命を与えられてこの世に誕生しました。やがて死を与えられてこの世を去っていきます。そして、命と死の間に一日24時間という時間が与えられています。その一日の時間の長さは平等ですが、それが何日与えられるのかは神の秘密と書く神秘という範疇に入る事柄でしょう。死がいつ与えられるのかは神様の側の問題なのです。

 そこでクローズアップされてくるのが時間です。一日24時間という時間の用い方は、私たちが自由にすることが出来るのです。つまり、私たちはどのように時間を用いるのか、そこに人としての価値が顕わされて来るのだと思います。

 逝去者記念式での特祷(祈祷書402頁)では二つのことが祈られています。「主を信じて世を去り、安らかな眠りに就いた僕に祝福を与え、救いのみ業を成就してください」との祈りは逝去者のための祈りです。「今なお世にあるわたしたちにも恵みを与え、み国の世継(天国の継承者)としてください」は、私たちのことを祈ります。逝去者のために、また、私たち自身のためにも祈ること、このことを通してその交わりを継続していくことなのでしょう。逝去者のために祈ることの深みを味わっていきたいものです。そして、「死はすべての終わりなのではない」との信仰を堅め、主と共に今を生きていく日々としていきたいものです。

2017年11月の主な礼拝と行事
2017年10月29日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

11月1日(水)諸聖徒日
 10:30 聖餐式
 14:00 八千代霊園墓参
11月2日(木)
 10:30 聖書の学び
11月5日(日)聖霊降臨後第22主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式 
 13:30 教会委員会
11月9日(木)
 10:30 11月逝去者記念聖餐式
11月12日(日)聖霊降臨後第23主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式・幼児祝福式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
11月16日(木)
 10:30 聖書の学び
11月19日(日)聖霊降臨後第24主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
11月25日(土)
 14:00 北総宣教協議会「キリスト教勉強会」(講師:ケビン・シーバー司祭)
11月26日(日)降臨節前主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式・主教巡杖・堅信式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年10月)
2017年09月25日
「二人または三人がわたしの名によって集まるところには わたしもその中にいる」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 マタイ福音書18章20節に記されているイエス様のみ言葉です。これはイエス様が約束してくださっていることです。

 キリスト教の救いとは何か、あるいは、聖書は救いについてどのように伝えているか、ということを明確に知ることは大切なことであると思います。そしてそれは、イエスという名前とインマヌエルという言葉に表されていると言っても良いのではないかと思います。イエスという名前には「神は救う」という意味があります。インマヌエルとは、「神は我々と共におられる」という意味です。つまり、イエス様が私たちと共にいてくださること、それが救いなのであるということです。そしてこれがキリスト教の本質なのだということを捉えていくことでしょう。

 二人または三人がわたしの名によって集まるところにはわたしもその中にいると言われるイエス様です。まさにインマヌエルということでしょう。イエス様が共にいてくださることがどれほどの安らぎとなるか、慰めとなるか、思いを深めてみたいものです。それは、見えない神を見ることに通じます。私の側にいる神を知ること、これは信仰生活を過ごして行く上での大きな課題でもあるでしょう。

 二人または三人が、と言われる時、では、一人の時には神様は側にいてくれないのだろうかと不安になります。そんなことはないと思います。しかし、「二人または三人が」ということの意味は、どんなに小さくてもよいけれども、それは集団でなければならないということです。つまり、私たちは共に生きるということがより大切なことなのだということでしょう。

 また「わたしの名、すなわちイエスの名によって集まる」集団、それが重要なことなのです。イエスの名によって集まるということは、そこにイエス様が共におられ、イエス様が私たちを見つめているということを知って集まるのであり、その思いが一人一人を謙遜にさせ、かつ強められ、日々の問題の解決にあたっていくのでしょう。

 聖歌の442番は、まさにこの思いを捉えています。キリスト・イエスの名のもとに集まる私たちが、集まり、語り合い、共鳴し合い、そのみ心を実践して行く教会になって行きたいものです。

  ♪ともにあつまる 語りあう ひびきあう そこに キリストは 共にいる♪
  ♪耳をすます 見つめあう 手をつなぐ そこに キリストは 共にいる♪
  ♪手をさしのべる 腕を組む 歩き出す そこに キリストは 共にいる♪

2017年10月の主な礼拝と行事
2017年09月25日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

10月1日(日)聖霊降臨後第17主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
10月5日(木)
 10:30 聖書の学び
10月6日(金)
 18:30 北総宣教協議会
10月8日(日)聖霊降臨後第18主日・洗礼式
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式 
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子供絵画教室
10月15日(日)聖霊降臨後第19主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
10月19日(木)
 10:30 10月逝去者記念聖餐式
 14:00 清山荘訪問
10月22日(日)聖霊降臨後第20主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     シメオン・アンナ会
10月24日(火)
 11:30 八千代もより会
10月29日(日)聖霊降臨後第21主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
11月1日(水)諸聖徒日
 10:30 聖餐式
 14:00 八千代霊園墓参

マリヤバザーのお知らせ
2017年09月09日

 毎年恒例の「マリヤバザー」を下記の通り開催します。

 今年も教会・幼稚園内外の皆様と楽しいバザーにすべく、準備を進めています。

 今年は、初めての試みとして、市川聖マリヤ教会・幼稚園のロゴが入ったお洒落な「聖マリヤオリジナルバッグ」を販売します。

 なお、当日の収益は、2024年に予定されている教会(礼拝堂)建築及び幼稚園の諸活動のために献げられます。

 多くの皆様のご来場を心からお待ちしています。

★日時:9月24日(日)午前11時〜午後2時
★場所:市川聖マリヤ教会・市川聖マリヤ幼稚園

※雨天決行。
※お楽しみ協賛券の抽選会は午後1時からです。
※協賛券は当日も販売します。
※当日の聖餐式は浦安伝道所・日曜学校と合同で午前9時30分から行います。
※午前8時からの聖餐式は通常通りです。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年8・9月)
2017年07月30日
「態度価値」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 イエス様の福音に与かる私たちは、どのように日々を生きるのか、ということを思い巡らすことは信仰の深まりに寄与することではないかと思います。

 フランクルの本が売れ、読まれています。アウシュビッツの収容所での体験を考察して執筆し、ベストセラー、ロングセラーとなっている「夜と霧(邦訳名)」は有名です。また、「それでも人生にイエスと言う」という本も、示唆に富んだものです。その他多くの本を執筆していますが、それらの中に、私たちが生きることの意味、その価値ということを説明している本があります。少し長いですが、引用させていただきます。

 「意味とは、あらかじめ与えられたものではなくて、そのつど発見されるべきもの、状況に直面した者がみずから見出さねばならないもの。それは三つのしかたで見出されるとフランクルはいう。労働や、何かをつくり出すことにより、実現される『創造価値』。自然や芸術を観賞する、あるいは誰かを愛することによって実現される『体験価値』。そして、それさえもあきらめなければならなくなっても実現しうる『態度価値』が、人間には残されている。仕事は、いずれできなくなるかもしれない。音楽を聴いたり本を読んだりすることも、できなくなるかもしれない。それでもなお、変えられない運命に対して、どのような態度をとるか、その事実をいかに引き受けるのかという心構えと態度によって、人はなお意味を見出すことができるのだ。」(河原理子著 フランクル『夜と霧』への旅) 

 私たちは、日常の中で作り出したり体験したりしながら生きています。そしてそこに喜びを見出し、また悲しみも味わい、いわゆる人生を送ります。その中で「態度価値」という生き方の様(さま)は困難なものとも言えるでしょう。出来なくなっていく自分を見つめる時、そこに焦りが生じてもおかしくはないでしょう。しかしそれが現実であるという時、それをどのように受け取っていくか、それはそのようになる前の段階から考え続けていかなければならないことなのでしょう。

 そこで一つの視点が与えられます。「私は神に何を求めるか」ということと、「神は私に何を求めておられるのか」ということです。私たちが日々を生きていく時、この二つの問いがあるということを意識すること、殊に、神は私に何を求めておられるのかと考えていく時、私がいのちを与えられて生かされている意味の重みを教え、気づかせてくれるのではないでしょうか。その時、生きる意味をそこに見出して行くことが出来るのでしょう。

2017年8月・9月の主な礼拝と行事
2017年07月30日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

8月6日(日)主イエス変容の日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 教会委員会
8月10日(木)
 10:30 8月逝去者記念聖餐式
8月13日(日)聖霊降臨後第10主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
8月14日(月)〜16日(水)
    千葉県サマーキャンプ(千葉市少年自然の家)
8月16日(木)〜17日(金)
    千葉県中高生キャンプ
8月20日(日)聖霊降臨後第11主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
8月25日(金)〜26日(土)
    マリヤキャンプ2017
8月27日(日)聖霊降臨後第12主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
9月3日(日)聖霊降臨後第13主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 教会委員会
 13:00 子供絵画教室
9月7日(木)
     聖書の学び
9月9日(土)
     千葉県教会音楽祭(船橋市民文化センター)
9月10日(日)聖霊降臨後第14主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
9月14日(木)
 10:30 9月逝去者記念聖餐式
9月17日(日)聖霊降臨後第15主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
9月21日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
9月22日(金)
    北総宣教協議会
9月24日(日)聖霊降臨後第16主日
 8:00 聖餐式
 9:30 聖餐式
 11:00 マリヤバザー

「マリヤキャンプ2017−飲もう!食べよう!語り合おう!−」参加のご案内
2017年07月16日

 今年、マリヤキャンプを数年ぶりに復活します。
 「泊まりがけ、遠出だと参加が難しいわ・・・」という方でも参加しやすいように、教会を会場に、1泊2日で開催します。
 もちろん、部分参加も可能です。
 歌による夕の礼拝、バーベキュー、歌舞伎公演、ディスカッション等のプログラムを用意しています。
 教会で夜更かしするも良し、好きなプログラムだけ参加するも良し、楽しみ方は思い思いのスタイルで結構です。
 夏のひととき、飲んで食べて祈って、教会や人生について楽しく率直に語り合いませんか?

■日程
 2017年8月25日(金)〜26日(土)

■会場
 市川聖マリヤ教会

■参加費
 全参加 5,000円(1泊2食・ワインタイム含む)
 夕食  2,000円(高校生まで500円)
 ワインタイム 1,000円

■タイムテーブル(予定)
<1日目(8月25日(金))>
 17:30      受付開始
 18:00〜18:25  歌による夕の礼拝
 18:30〜19:55  夕食(バーベキュー)
 20:00〜20:30  歌舞伎公演
 20:40〜20:50  就寝前の祈り
 21:00〜23:00  ワインタイム
<2日目(8月26日(金))>
 7:00〜7:25   朝の礼拝
 8:00〜8:25   朝食
 8:30〜8:55   片付け・清掃
 9:00〜11:30  ディスカッション
 12:00      閉会の祈り・解散
 ※夜を徹しての話し合いも可能です(大人のみ)。
 ※礼拝式文は用意します。

■申込期限
 所定の参加申込書(教会受付に置いてあります)に必要事項を記入し、参加費を添えて、8月6日(日)までに実行委員へご提出ください。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年7月)
2017年06月25日
「成功の反対は何?」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 愛の反意語は憎しみではなく無関心であると言われています。この表現は愛とは何かを巧みに指し示しています。それと同じように、成功の反意語は何でしょうか。

 人は、その意味合いは様々でも成功を求めて生きていると思います。成功とは目的を達することという意味ですが、そのものの真のあり方、真の姿となること、と表現することも出来るのではないでしょうか。つまり、人の成功とは人としての本当のあり方に生きることなのだと言えるのではないかと思います。その意味からすると、成功の反対は失敗ではなく「何もしないこと」となるでしょう。

 イエス様が語られた金持ちとラザロの話(ルカによる福音書16章19〜31節)を思い出します。ある金持ちがいて、贅沢に暮らしていました。その門前に貧しいラザロがいて、その食卓から落ちるもので腹を満たしたいものだと思っていました。やがて二人とも死にますが、ラザロはアブラハムのすぐそば(パラダイス)に連れて行かれ、金持ちは陰腑で苦しんでいました。この後も物語は続きますが、二人の死後の状態は逆転しているということが語られています。何がそうさせたのでしょうか。金持ちもラザロも公平に死が与えられたのですが、その後の違いの理由は何かということです。

 この物語では、金持ちの贅沢な暮らしを咎めているようには見えません。しかし、彼は罪に定められました。ではこの金持ちの罪は何なのでしょうか。彼はラザロを門前から追い返したりはしていませんし、ラザロに対し酷なことをしたのでもありません。それなのに罪に定められてしまったのはどうしてなのでしょうか。このことを見つめるとき、気づかされることがあります。それは、彼は悪いことをしたからではなく、何もしなかったから罪に定められたのだ、ということです。

 徒然草の117段には「友とするに悪き者、七つあり」として語られているところがあります。その中のひとつに、「病なく、身強き人」が挙げられています。病気を持たず、身体強壮な人のことです。私たちにとって、五体満足で、健康で、病気がないというのはありがたいことであると思います。健康が一番とも言われています。それはそのとおりですが、しかし、そこには落とし穴があるということです。その落とし穴とは、病気一つしない人は病気の人の気持ちが分からない、感受性が鈍くなる、そういう人を友人とするのはよくないということです。自分の健康に安住して感受性を怠けさせることへの戒めであると理解されています。世の中には「五体満足という救いがたい病」もあるということを肝に銘じていたいものです。

 私たちは「する」ことによって罪に定められることもありますが、「しない」ことによっても罪に定められることもあるのだということを知っていたいものです。成功を求めるとき、失敗を恐れ何もしないのではなく、失敗をしつつもさらに前進して行こうとの思いをもち、歩み続けることの尊さに心を向けていきたいものです。私たちの信仰の歩みは、まさにこのようなものなのではないでしょうか。

2017年7月の主な礼拝と行事
2017年06月25日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

7月2日(日)聖霊降臨後第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
7月6日(木)
 10:30 聖書の学び
7月7日(金)
 18:30 北総宣教協議会
7月9日(日)聖霊降臨後第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
7月13日(木)
 10:30 7月逝去者記念聖餐式
7月16日(日)聖霊降臨後第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
7月20日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
7月22日(土)
 13:30 教会委員研修会(千葉復活教会)
7月23日(日)聖霊降臨後第7主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
7月30日(日)聖霊降臨後第8主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

2017年6月の主な礼拝と行事
2017年05月28日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

6月1日(木)
 10:30 聖書の学び
6月4日(日)聖霊降臨日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
6月8日(木)
 10:30 6月逝去者記念聖餐式
6月11日(日)三位一体主日・聖霊降臨後第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
6月15日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
6月18日(日)聖霊降臨後第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 もより連絡会
 13:00 幼稚園保護者の集い
6月25日(日)聖霊降臨後第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年5月)
2017年04月30日
「イエスの復活を想う」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人
 
 キリスト教信仰の根幹は、イエス様は復活し、今も生きておられるというところにあります。生きておられるゆえに、私たちを支え、導き、励まし、教え、護ってくれることができるのです。この喜びに生きることがキリスト者の信仰生活です。

 では、生きるとはどのようなことなのでしょうか。イエス様が今も生きておられるということは、今も私たちに語りかけておられるということであり、それは、神の国の完成に向かって、私たちを用いようとされているということでもあります。私たちはその声に耳を傾けるということです。そしてその声を聴く時、私たちの生き方の方向が示されてきます。

 復活信仰に生きるとは、要するに、イエス様の心を自分の心として生きるということであると言えます。「互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられることです。(文語訳では、キリスト・イエスの心を心とせよ)」(フィリピの信徒への手紙2章5節)とパウロが語っていることです。

 もし、イエス様の復活を受け入れることが出来ないのなら、イエス様の教えは、立派で偉大な一人の教師が残していった素晴らしい生き方(倫理)であるということだけになるのではないでしょうか。そうならば、自分が嫌になったら無視をし、簡単に離れていくことも可能です。しかし、今も生きておられ、私たちと共にあることを実感し、受け入れる者には、イエス様の心は何かを求め続け、そこに近づき、自らを律していくようになるのではないでしょうか。それは深いところで、平安に生きることなのだ、と言えるのです。この深いところの平安とは、安易なものではありません。そこにはつらさもあるし、悲しさもあるし、切なさ、やりきれなさもあることでしょう。しかしその原因が、イエス様に従うことによって起きてくるものであるなら、それが平安というものなのです。何故なら、そこに本当の安らぎを見出すことが出来るからです。イエス様は、私たちを護ってくれるのです、支えてくれるのです、導いてくれるのです、励ましてくれるのです。

 聖歌563番は、「わたしはなりたい キリストを生きる人に わたしはなりたい キリストを生きる人」と歌います。この心を大切にしていきたいものです。パウロは、「私たちは生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。」(ローマの信徒への手紙14章8節)と語ります。主の復活を祝う私たち、この思いを持ち続けていきたいものです。

2017年5月の主な礼拝と行事
2017年04月30日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

5月5日(金)〜7日(日)教区中高生キャンプ(沼津聖ヨハネ教会)
5月7日(日)復活節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
5月11日(木)
 10:30 5月逝去者記念聖餐式
5月12日(金)
    北総宣教協議会
5月14日(日)復活節第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    大そうじ
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
5月21日(日)復活節第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     創立83周年記念日・敬老会・祝会
5月18日(木)
 14:00 清山荘訪問
5月26日(金)
    北総宣教協議会
5月28日(日)復活節第7主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

復活日(イースター)
2017年04月16日

 キリスト教の最大の祝日である復活日(イースター)を迎えました。午前8時と午前10時30分の礼拝には、合わせて約220名が参列し、主のご復活をお祝いしました。

 礼拝後の祝会にも多数の方々が出席し、信徒による豪華な食事や多彩な出し物を楽しみました。

復活日(イースター)のご案内
2017年04月08日

ウジェーヌ・ドラクロワ「墓に運ばれるキリスト」
「それから、先に墓についたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。」(ヨハネによる福音書20章8節)

 今年の復活日の福音書に記されている出来事です。ヨハネ福音記者は復活を知るためには「見る」ということが重要なのだと伝えています。空の墓を見た人たちは、そこに何を見るのかということです。墓が空であったという事実を見るのか、その事実が指し示していることを見るのか。私たちの経験則からは理解を超える復活という出来事をしっかりと「見る」ことであり、受け入れるということなのだということなのでしょう。そこに次の新しい救いの道が示されてくるからなのだと思います。

 今年の復活日は4月16日です。最大の祝い日である主イエスの復活日を、喜びをもってごいっしょに祝いましょう。
 ハレルヤ(主を賛美せよ)、ハレルヤ、ハレルヤ、と歌い、主を賛美する礼拝をささげていこうではありませんか。
 どうぞ、復活日の礼拝にお集まりください。

 2017年3月
  市川聖マリヤ教会
   牧師 司祭 ヨハネ 相澤牧人

<聖週中の礼拝>
 4月 9日(日)復活前主日の礼拝 8時・10時30分
   13日(木)聖木曜日の礼拝  19時
   14日(金)聖金曜日の礼拝  12時〜15時
   15日(土)聖土曜日の礼拝  10時30分

<復活日(イースター)礼拝>
 4月16日(日)8時・10時30分 聖餐式・説教
          10時30分の礼拝後、祝会

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年4月)
2017年03月26日
「悪魔にすきを与えてはなりません」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 「現実に遠慮して理想が引けば、これ幸いと現実が大手を振るばかりだ。」このように言われます。今、私たちの世の中で起きていることを思うとき、なるほどと思わされます。また、聖書を読んでいると「悪魔にすきを与えてはなりません。」(エフェソの信徒への手紙4章27節)との教えが目に留まりました。この二つが重なり合って思いを巡らしています。

 憲法9条を変えようとする動きに対しての反対者に、初めの頃、それは理想だ、攻めてきたらどうするのか、やられるままでよいのか、国民を守らなくてよいのか、などと力強く発言し、批判していた人がいたことを思い出します。それに対して、理想が何故悪い、現実を理想に近づけていくことこそが大切なことなのだ、と反論があったことも思い出します。

 私たちは、根拠をしっかり持たないと、現実が大手を振るいやすくなることは事実でしょう。そしてその現実に押し切られていくのでしょう。現実に目が奪われ、理想が失われたら、糸が切れた凧のように、どこに行くか分かりません。何故なら、現実は変化するからです。その時々の現実に左右されていてはなりません。主イエスと共に生きること、つまり主イエスの心を生きること、それが重要な根拠となるのだと思います。

 また、私たちは判断基準を持たなければなりません。コロサイの信徒への手紙の3章15節に、「キリストの平和があなた方の心を支配するようにしなさい。」と教えられています。心を支配するとは判断基準を持つということでしょう。

 東京大空襲・戦災資料センター館長の早乙女勝元さんは、「平和のために何が出来るか。誰にでもすぐに出来る第一歩は、学ぶこと」だと、全国からやってくる修学旅行生に語り続けているのだそうです。キリストの平和、すなわち、命の尊厳に深く思いを寄せること。また、主イエスが、十字架にかかる前に、あなた方に新しい掟を与えると言われて「互いに愛し合いなさい。」(ヨハネによる福音書13章34節)と語られたこと。これらの意味を学び、それを実践することが平和を作り出していくことになっていくのだと思います。

 そして、平和を作りだしていく時、悪魔にすき(機会)を与えないようにしていかなければなりません。根拠を持つことによって、判断基準を持つことによって、キリストの平和を学ぶことによって、それを防いでいくのです。

 ヘブライ人への手紙11章1節には、「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」と教えられています。この思いは、理想を持ち続けることは、見えない事実を確認することになり、その理想に近づくようにと、今を努力して生きていくようになるということなのではないでしょうか。

 大斎節の真っただ中、悪魔との闘いの日々、その悪魔にすきを与えてしまわないように気持ちをしっかりとしていきたいものです。

2017年4月の主な礼拝と行事
2017年03月26日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

4月2日(日)大斎節第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
4月6日(木)
 10:30 聖書の学び
4月9日(日)復活前主日(しゅろの主日)
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
4月11日(火)
     幼稚園入園式
4月13日(木)聖木曜日
 19:00 聖木曜日の礼拝
4月14日(金)聖金曜日(受苦日)
 12:00 3時間礼拝
4月15日(土)聖土曜日
 10:30 聖土曜日の礼拝
4月16日(日)復活日
 8:00 聖餐式
 10:30 聖餐式
     礼拝後、祝会
4月20日(木)
 10:30 4月逝去者記念聖餐式
 14:00 清山荘訪問
4月23日(日)復活節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     シメオンアンナ会
4月29日(土)
 10:30 千葉県下合同礼拝(柏聖アンデレ教会)
4月30日(日)復活節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年3月)
2017年02月26日
「祈る力」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 聖歌549番は、「祈りは口より 出で来ぬとも まことなる霊の 願いごとぞ」と歌います。そして引き続き、「祈りは心の、底にひそみ 隠るる炎の 燃え立つなり」とその思いを歌います。この聖歌は、祈りとは何か、という質問に答えて作られたものであると言われています。まさに祈りとは何かを端的に表現しているのではないでしょうか。4節あるこの聖歌の言葉をじっくりと味わってみていただきたいと思います。

 祈りは、人の思いが、私の思いが、そこに凝縮されているものでしょう。その凝縮された思いが、神に向かって投げかけられる(捧げられる)。そのことによって、その願いが実現するようにと、祈る者が持てる力を捧げ、そこに向かうのです。それ故に、祈りの連鎖は良い方向へと歩み出していくのではないかと思うのです。

 「祈りは無力だと思えるかもしれません。しかし、祈りは無力なのではありません。祈ることを忘れた心が無力なのです。祈るだけでは何も解決しないと思えるかもしれません。そうではなくて、祈りを欠いた行動が何の解決ももたらせないのです。」と語るお坊さんの言葉を知りました。本当にそうなのだと思います。祈りは聴くことにも通じるからです。祈りを通して神に聴く時、そこに示されてくるものがあります。そして成就へと向かうのです。

 顕現後第5主日の特祷は、「主よ、あなたに呼び求める民を慈しみ、その祈りをお受けください。どうか、行うべきことを悟る知恵と、それを忠実に成し遂げる恵みと力をお与えください。」と祈ります。意味深い祈りです。そして、この祈りは私たちに、神に祈りをささげて後はじっと待つ、というのではないのだということを教えています。

 私たちは主の祈りを何回唱えてきたでしょうか。そしてこれから何回唱えるのでしょうか。その一回一回の祈りの度に、その内容を確認しているのではないでしょうか。また、確認していかなければならないのだと思います。み名が聖とされること、み国が来ること、み心が行われることを求めます。それはどういうことなのか。日ごとの糧を、罪の赦しを、悪からの救いを願います。その意味は何か。これらの願いを繰り返し祈り求める度に、その実現に向かって歩みを続けている、また続けて行こうとする。そのことが大切なことなのです。祈りは、私を勇気づけ、一歩を踏み出す力を与え、そして、それが救いへと導いてくれるのです。祈りの力を信じ、受け入れ、祈りの日々を過ごしていこうではありませんか。

2017年3月の主な礼拝と行事
2017年02月26日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

3月1日(水)大斎始日
 10:30 聖餐式
3月2日(木)
 10:30 聖書の学び
3月3日(金)
 10:30 世界祈祷日礼拝(日本基督教団薬円台教会)
3月5日(日)大斎節第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
3月9日(木)
 10:30 3月逝去者記念聖餐式
3月12日(日)大斎節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
13:00 マリヤ子ども絵画教室
 13:00 映画「日本と原発」上映会
3月16日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
3月19日(日)大斎節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    大斎プログラム「大斎節に聴く−オルガンと聖歌−」
3月26日(日)大斎節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    大斎プログラム「大斎節に聴く−オルガンと聖歌−」
    シメオン・アンナ会

2017年大斎プログラム「大斎節に聴く−オルガンと聖歌−」のご案内
2017年02月19日

 大斎節は復活日(イースター)の前の40日間の期節で、古来より修養と慎みに励む期間とされており、当教会でも、この時期に様々な信仰に関する学びの機会を持ってきました。

 今年は、例年と少し趣を変えて、受難から復活への聖書の物語を当教会オルガニストのオルガン演奏による聖歌を通じて黙想したいと思います。

 どなたでもご自由にお越しください。

2017年大斎プログラム「大斎節に聴く−オルガンと聖歌−」
 ■日時 3月16日・26日(日)主日礼拝終了後
 ■会場 市川聖マリヤ教会礼拝堂
 ■入場無料
 ■主催 市川聖マリヤ教会宣教部
 ■協力 市川聖マリヤ教会オーガニスト会

平和といのちを考える−「映画『日本と原発』上映会」のご案内
2017年02月19日

 市川聖マリヤ教会では、「いのちを大切にする」視点から、平和に関する学びや話し合いの時を持っています。

 その一環として、映画「日本と原発」の上映会を下記のとおり開催します。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災と福島第一原子力発電所事故からまもなく6年を迎えようとしていますが、復興が叫ばれているのとは裏腹に、事故は今だ終息せず、原子力発電を巡る様々な問題も浮き彫りになってきています。

 この映画を通じて、原子力発電について見つめ直すとともに、平和やいのちを大切にすることについて、一緒に考えてみませんか。

映画「日本と原発」上映会
 ■日時 3月12日(日)午後1時〜
 ■会場 市川聖マリヤ教会礼拝堂
 ■入場無料
 ■主催 市川聖マリヤ教会宣教部 平和といのちの会
 ■問い合わせ先 080-6734-5076

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年2月)
2017年01月29日
「いのちを大切にする視点を」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人
 
 イエス様が教えられた人間にとって大切なものとは何か。それは「愛」です。もっとも価値があるものは何か。それは「いのち」です。人が人として生きるとはどのようなことなのであるのか。それは「共に生きる」ということです。そして、救いとは何か。それは「神を信じることができる」ということです。神を信じるというよりも神を信じることができるということです。つまり、神を知っているということです。この視点は本当に重要であると思います。聖書が語る救いということの醍醐味がここにあるのです。これらのことを受け入れて生きていくことを決心した人が、クリスチャンと言われる人たちなのです。

 これらの実践は、一人一人のいのちを大切にするということに尽きると思います。例えば今の日本を見回すとき、日本国憲法の問題、原子力発電の問題を含むエネルギー問題、基地の問題、ヘイトスピーチ(人種差別・排外表現)・ヘイトクライム(人種・民族・宗教に対する憎悪犯罪)の問題、貧困の問題、核兵器の問題、様々なハラスメントの問題などなどと、いのちを脅かす課題が多くあります。それぞれの立場があろうかと思いますが、その中で私たちはキリスト者としての視点、価値観を明確に持つということが重要になってくるのだと思います。イエス様ならどう考えるか、どう思うかということをしっかりと検証し、理解していくことだと思います。

 その時、尊い視点を与えてくれると思う一つの判決がありますので、ご紹介したいと思います。2014年5月21日に、福井地裁の大飯原発3,4号機の運転差し止め請求事件の判決です。その中で、再稼働しなければ国富が損失するという訴えに関して明快に判断しており、学ぶことが多いと思います。その一部を引用します。

 「被告(関西電力)は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。我が国における原子力発電への依存率等に照らすと、本件原発の稼動停止によって電力供給が停止し、これに伴って人の生命、身体が危険にさらされるという因果の流れはこれを考慮する必要のない状況であるといえる。被告の主張においても、本件原発の稼動停止による不都合は電力供給の安定性、コストの問題にとどまっている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」

 豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活すること、これが一番なのだ、と言うのです。まずそれを確保することなのだ、と。いのちを大切にする視点が明確になっているのではないかと思います。

 2017年の新しい年を迎えた私たちは、いのちを大切にする社会の実現に向かって、キリスト者としての歩みを続けていきたいものです。そして、ますますイエス様の名によって生き、イエス様の名によって語る教会の働きに参与して参りたいものです。
 
 どうか、今年も、一人一人がそれぞれに与えられた賜物を用いて、イエス様の名によって一つとなって、この地にあっての福音宣教の働きに邁進していきたいものと思います。

2017年2月の主な礼拝と行事
2017年01月29日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

2月2日(木)被献日
 10:30 聖餐式
2月5日(日)顕現後第5主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
2月9日(木)
 10:30 2月逝去者記念聖餐式
2月10日(金)〜11日(土)
 北総宣教協議会信徒修養会(ホテルプラザ菜の花)
2月12日(日)顕現後第6主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
2月16日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
2月19日(日)顕現後第7主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
2月26日(日)大斎節前主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 シメオン・アンナ会

堅信受領者総会に関する公示
2016年12月25日
        公 示

2017年度の堅信受領者総会を下記のように行います。
1年に1度の大切な会議です。もれなくご出席ください。

         記
              
日時 2017年1月29日(日) 午前10時30分からの礼拝終了後
会場 市川聖マリヤ教会礼拝堂

       2016年12月25日
        市川聖マリヤ教会
         牧師 司祭 相澤 牧人
         教会委員会

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2017年1月)
2016年12月25日

「幼子イエスの笑み」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 救い主イエスの降誕を喜び祝いましょう。クリスマスおめでとうございます。

 主イエスの降誕に関しては、様々な物語、メッセージがあります。その一つ一つは大切なものであり、そこから多くを学んでいきたいものです。

 イエスは家畜小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされたというのが、聖書が伝える救い主誕生の様子です。ルカ福音記者は、「彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(ルカによる福音書2章6〜7節)と記しています。この出来事に、私たちの想像をたくましくし、そこに示されている真実を見出していきたいものです。

 宿屋には彼らの泊まる場所がなかった、ということに意味深さを感じさせられます。当時、皇帝の勅令によって、人々は人口調査のために自分の町に戻るという大移動があり、宿屋はどこもいっぱいでした。それ故に、泊まる場所が見つからなかったということはあり得ることです。予約制がある時ではないので当然でしょう。しかし、このことはただそれだけのことなのでしょうか。ここには大切な一つのメッセージが語られているのではないかと思うのです。それは、聖書のこの箇所を読む時、あなたの宿(心)には、迎え入れるための泊まる場所がありますか、と問われているのではないかと気づくことです。私の心に救い主イエスを迎える場所がありますか、ということです。

 飼い葉桶に寝ている幼子イエスを想像してみてください。両親の心配をよそに、笑みを浮かべ寝ているのではないかと思います。相手の笑顔は、自分の心がそこに投影されるのではないかと思うのです。幼子イエスに笑顔を見ることが出来るなら、それは自分が笑顔になっているからなのだと言えるのではないでしょうか。自分が頑なになっているなら、イエスの笑みは見えないでしょう。イエスの笑みはすべてを包含する力を持っているのだと思います。

 救い主の降誕が真に降誕の出来事となるのは、私のあり様によって左右されるのではないかと思います。私の部屋は空いています、と応答するとき、また、おいで下さい、と願い求めるとき、そこに主は来てくださるのです。救いが与えられるのです。その喜びを理解し、味わうとき、イエスの笑みが笑みとして見えるようになるのではないでしょうか。

 私たちが信じ受け入れるとき、そこに見えて来るものがあるのです。信仰は、おぼろげなものをはっきりとさせてくれるのです。この事実を降誕を祝うこのときにもまた喜びをもって再確認していきたいものです。
 
 「みことばは ひととなり わたしたちの あいだにすまわれた(聖歌441番)」のです。このことが私にも実現するようにと求め、歩み続けていきましょう。

2017年1月の主な礼拝と行事
2016年12月25日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

1月1日(日)主イエス命名の日
 10:30 新年礼拝(聖餐式)
1月6日(金)顕現日
 10:30 聖餐式
1月7日(土)
 14:00 新旧合同教会委員会
1月8日(日)顕現後第1主日・主イエス洗礼の日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
1月15日(日)顕現後第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
1月19日(木)
 10:30 1月逝去者記念聖餐式
 14:00 清山荘訪問
1月20日(金)
 18:30 北総宣教協議会
1月21日(土)
 14:00 キリスト教一致祈祷週間合同礼拝(日本基督教団市川三本松教会)
1月22日(日)顕現後第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会
 12:30 男子会総会
1月29日(日)顕現後第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    堅信受領者総会
 13:00 婦人会総会
2月2日(水)被献日
 10:30 聖餐式

クリスマスおめでとう
2016年12月24日

クリスマスイブを迎えた礼拝堂
 本日午後6時から、「聖劇によるクリスマス前夜の祈り−クリスマスイブ礼拝−」が行われ、多くの方々に参列していただきました。

 今年は、従来の"Lessons and Carols"(聖書朗読と聖歌による祭典)に日曜学校の子どもたちによる聖劇を織り交ぜた形式の礼拝を初めて行いました。子どもたちのかわいらしい聖劇を見ながら、いつもどおり沢山の聖歌を歌うことができました。

 世界中の全ての人々の上に、クリスマスの喜びが豊かに注がれますように!!!

<これからの礼拝> 誰でもどうぞ
 ✠降誕日(クリスマス)聖餐式
  12月25日(日) 午前 0時     第1聖餐式
            午前 8時     第2聖餐式
            午前10時30分  主礼拝(第3聖餐式)
    礼拝後、祝会

クリスマスのご案内
2016年12月24日

 「クリスマスの喜びをごいっしょに」

 主イエスの降誕を祝うこの時、私たちはその意味をしっかりと理解していくことは、自分の救いに関わることとなります。

 旧約聖書の箴言は、「主を畏れることは知恵の初め」(1章7節)と語ります。シラ書は「すべての知恵は主から来る」(1章1節)と教えます。

 この言葉から、私たちは聴くべき相手は誰なのかということが教えられます。私たちは知識も必要ですが、より重要なことは知恵を得ることなのではないでしょうか。その知恵は、神から得ることなのであり、神を畏れることなのです。“怖れる”ことなのではありません。畏れは神を敬うことです。その生き方から気づかされるさまざまなことが、私たちにとって知恵となって与えられてくるのです。

 その知恵がこの世に誕生したのです。イエスというお方の中に、知恵が満ちているのです。ナザレで暮らすイエスは、「知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」(ルカによる福音書2章52節)と言われました。そのイエス様の誕生を祝いましょう。クリスマスの聖餐式で、クリスマスの礼拝で、その喜びを味わいたいものです。

 祈るわれらを 日ごと新たに 永遠(とわ)なる神に 結ばせたまえ(聖歌90番より)

 2016年降臨節
  市川聖マリヤ教会
   牧師 司祭 ヨハネ 相澤牧人

<礼拝のご案内>
✠聖劇によるクリスマス前夜の祈り−クリスマスイブ礼拝−
  12月24日(土) 午後6時
    日曜学校の子どもたちによるページェントもあります
    礼拝後、祝会 キャロリング
✠降誕日(クリスマス)聖餐式
  12月25日(日) 午前 0時     第1聖餐式
            午前 8時     第2聖餐式
            午前10時30分  主礼拝(第3聖餐式)
    礼拝後、祝会

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年12月)
2016年11月27日
「おめでとう」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 まもなくクリスマス。救い主の降誕を記念し、その喜びに与かると共に、“救い主”“平和の君”の降誕が指し示していることの実践へと、信仰の歩みを続けていきたいものです。

 「おめでとう」という言葉は、何か新しいことが始まり、それが喜びであるときに使われる言葉なのだと聞きます。この言葉が用いられるときを思うと確かにそうだと言えます。命の誕生のとき、入学のとき、卒業のとき、就職したとき、結婚のとき、資格をとったとき、病が癒えての退院のときなどなどは、まさにこれから新しいことが始まるときなのでしょう。

 クリスマスの時期に、ことにそのことに思いを寄せるなら、マリアへの受胎告知が思い出されます。「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。(ルカによる福音書1章28節)」この告知によって新しい救いの時代が始まったのです。そしてイエス様がこの世に誕生したことによって救いが実現したのです。それ故に、私たちは「クリスマスおめでとう」との挨拶を交わすのでしょう。

 その挨拶を交わしながら、クリスマスの喜びをどのように味わうのでしょうか。そのひとつの姿を聖餐式に見出すことができます。キリエ・エレイソン、グローリア(大栄光の歌)、ホサナ、ハレルヤ、イテ・ミサ・エスト(派遣の言葉)、アーメン。これらの言葉の中にクリスマスの喜びが表現されていると思うのです。

 キリエ・エレイソンのキリエは「主よ」との呼びかけであり、エレイソンは、神に人間への憐れみを求める気持ちと、救ってくださる神への賛美の気持ちが深く結び合わされている言葉であると教えられました。グローリアは、救い主の誕生を知らされた羊飼いたちに天使たちが歌った賛美の歌です。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。(ルカによる福音書2章14節)」と。ホサナは、日本語では万歳!という言葉が持つ感情のようなものなのでしょう。ホサナはメシアと結合するとき、「万歳」のような歓呼、歓迎の叫び、賛美の叫び、喜びの叫びとして用いられる言葉です。ハレルヤも同じような意味であると思います。イテ・ミサ・エストは現在の祈祷書では「ハレルヤ主と共に行きましょう」となっている派遣の言葉です。聖餐に与かった私たち一人ひとりがこの世にクリスマスの喜びを持って派遣されていくのです。アーメンは、そのとおり、と賛同の意思を表す言葉です。

 毎年迎えるクリスマスですが、「おめでとう」と挨拶を交わすことを通して、クリスマスの出来事は、私にとって新しい何かが始まるときなのだ、との思いを強くしたいものです。その思いとは、神の国の福音を伝えること、すなわちそれは平和を構築することであり、命を大切にする社会を実現していくことなのだと、私には思えるのです。

2016年12月の主な礼拝と行事
2016年11月27日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

12月1日(木)
 10:30 聖書の学び
12月4日(日)降臨節第2主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
 13:30 マリヤ子ども絵画教室クリスマス会
12月8日(木)
 10:30 12月逝去者記念聖餐式
12月11日(日)降臨節第3主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
12月15日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
12月18日(日)降臨節第4主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    もより連絡会
12月20日(火)
    幼稚園クリスマス
12月24日(土)
 18:00 聖劇によるクリスマス前夜の祈り
    (祈りの中で日曜学校ページェントが行われます)
    祝会
    キャロリング
12月25日(日)降誕日
 0:00 第1聖餐式
 8:00 第2聖餐式
 10:30 主礼拝(第3聖餐式)
    祝会

「女声合唱団「秋友会クワイヤ」オータム・コンサート2016」のご案内
2016年11月26日

 群馬県内で活動している女声合唱団「秋友会クワイヤ」のオータム・コンサートが当教会礼拝堂を会場に下記のとおり開催されますので、是非お越しください。

★日時:2016年11月27日(日)13時30分開場・14時開演
★会場:市川聖マリヤ教会礼拝堂
    (都営新宿線本八幡駅から徒歩3分、京成八幡駅から徒歩4分、JR本八幡駅から徒歩7分)
★入場無料
★どなたでもご自由にお入りいただけます。

<曲目>
第1部
 ♪日本の名歌 「赤とんぼ」「浜辺の歌」ほか
第2部
 ♪聖歌とパイプオルガン曲
  日本聖公会聖歌第572番「闇夜に火を灯し」ほか
  (市川聖マリヤ教会聖歌隊及びオルガニストによる賛助出演)
第3部
 ♪世界の愛唱歌(訳詞で歌唱)
  「子守唄」(ブラームス作曲)ほか
 ♪ルネサンスの教会音楽(原語で歌唱)
  Ave Maria(アルカデルト作曲)ほか

<出演者>
◎指揮 秋谷誠一
 国立音楽大学音楽学部声楽科卒業。在学中よりオペラや各種演奏会に出演。東京、名古屋で中・高校教諭や合唱団指導、音楽教室指導講師を務める。現在秋谷音楽教室主宰。群馬県内の混声、女声合唱団を指導中。

◎合唱 女声合唱団「秋友会クワイヤ」
 秋谷誠一氏が指導している3つの合唱団「秋友会」の有志で校正された合唱団。それぞれの団体は長年にわたり群馬県内で活動し、お母さんコーラス大会・ヴォーカルアンサンブルコンテスト・群馬県合唱祭に毎年出演。お母さんコーラス大会では、全国大会に4回出場し、優秀賞である「ひまわり賞」を受賞している。また、今年は「国民文化祭in愛知」に出演予定。

◎賛助出演
・市川聖マリヤ教会聖歌隊
 市川聖マリヤ教会での礼拝において聖歌隊として奉仕。毎年千葉県下の超教派キリスト教聖歌隊による千葉県教会音楽祭に参加している。

・岡本玲子
 武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科オルガン専攻卒業。同大学院音楽研究科博士前期課程修了。米国ボストンにて英国式クワイア伴奏法等を学び、当地でオルガン演奏活動を行う。市川聖マリヤ教会オルガニスト。

第27回 北総宣教協議会 キリスト教勉強会
2016年11月05日

講師の中村豊主教
 11月5日、当教会を会場として、第27回北総宣教協議会キリスト教勉強会が開催され、「大規模災害救援活動のあり方〜聖公会の視点から〜」と題して、日本聖公会神戸教区主教であるアンデレ中村豊師父に講師を務めていただきました。

 中村主教は、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の際には、特に被害が甚大であった神戸市須磨区にある神戸聖ヨハネ教会の牧師を務められていて、被災地の牧師として様々な活動に携われました。そして、2004年に神戸教区主教になられてからは、2011年3月11日の東日本大震災、今年4月16日の九州(熊本)地震における神戸教区の救援活動の陣頭指揮を執っておられます。

 講演の席上、中村主教は、阪神・淡路大震災や東日本大震災における日本聖公会の救援活動について振り返った後、聖公会という教会の特徴から、過去の大災害において全世界の聖公会がどのようなスタンスで救援活動に取り組んできたかを、「宣教の5指標(The Five Marks of Mission)」等を引き合いに出しながら説明されました。そして、今後日本各地で起こるであろう大規模災害に向けて、私たち聖公会がどのような対応をしていけば良いかを具体的な方策を交えて提言されました。

 中村主教は、教会が大規模災害の救援活動を行うにあたって必要な3つの柱として、「祈り」、「交わり」、「奉仕」を挙げられました。そして、この3つの柱のどれかだけが突出するのではなく、全てがバランス良くなされることが必要と説かれました。

 決して起こって欲しくはありませんが、いずれ私たちの身近なところでも大規模災害が発生するかもしれません。その時に、聖公会の一員としてどのような行動をしたら良いかを今回の講演を通じて認識することができたように思います。

※宣教の5指標(The Five Marks of Mission)は、日本聖公会管区ホームページに掲載されています。
http://nskkiinkai.blog116.fc2.com/blog-entry-493.html

「第27回 北総宣教協議会 キリスト教勉強会」のご案内
2016年11月04日

 私たちの教会が属している日本聖公会横浜教区では、千葉県北総地域にある諸教会・伝道所(千葉復活教会、松戸聖パウロ教会、柏聖アンデレ教会、浦安伝道所、市川聖マリヤ教会)が「北総宣教協議会」を結成し、様々な福音宣教の業を協働しながら行っています。

 その一環として、1987年(昭和62年)から毎年秋に「キリスト教勉強会」と題して、様々な分野の専門家からの学びの時を持っています。

 第27回の今年は、当教会を会場に、「大規模災害救援活動のあり方〜聖公会の視点から〜」と題して、日本聖公会神戸教区主教であるアンデレ中村豊師父をお迎えし、阪神・淡路大震災、東日本大震災、九州熊本地震の救援活動に携わられた御経験から、現在起きている災害、または今後起きるであろう災害に、私たちがどのように向き合っていけば良いかをお話しいただきます。

 どなたでもご参加いただけます。大変貴重な機会ですので、多くの皆様のご参加をお待ちしています。

 【第27回 北総宣教協議会キリスト教勉強会】
  「大規模災害救援活動のあり方〜聖公会の視点から〜」
 ★講師:日本聖公会神戸教区主教 アンデレ 中村 豊 師父
 ★日時:11月5日(土)13時30分〜15時30分
 ★会場:市川聖マリヤ教会
 ★会費:300円
 ※事前申込不要。直接会場にお越しください。

 なお、中村主教様には、11月6日(日・聖霊降臨後第25主日)午前10時30分からの当教会における主日聖餐式で、説教をしていただく予定です。こちらにもぜひお越しください。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年11月)
2016年10月30日
「あなたのために与えられ、あなたのために流された」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 これは聖餐式の中の分餐語です。私たちが御体と御血を受ける時に語られる言葉です。正確には「あなたのために与えられた主イエス・キリストの体」「あなたのために流された主イエス・キリストの血」という言葉です。

 昔、ある教会で聖餐式に参加していた時、分餐が始まり列に並んで陪餐を待っておりますと、分餐者が「キリストの血」「キリストの体」と言ってパンとぶどう酒を配っていました。神学的にどうなのだ、という明確な説明は私の能力ではできませんが、何か腑に落ちない感じを受けました。間違ってはいないのでしょうが、消化不良のようなものを感じたのです。

 祈祷書のルブリック(細則)には、『分餐者はおのおの次のように言い、陪餐者は「アーメン」という。』と明記し、指示されています。その文言は前述しましたように「あなたのために与えられた主イエス・キリストの体」「あなたのために流された主イエス・キリストの血」です。“あなたのために”という言葉が入っているのです。この言葉が意味することの重みは大きいと思います。

 イエスはすべての人のために十字架にかかり、贖いの死を遂げられたということは感謝のうちに承知していることと思います。そして、キリストは、その苦しみと死およびよみがえりを、再び来られるまで常に記念するためにと、最後の晩餐の時、パンとぶどう酒を用いて「聖餐」を定められました。その聖奠に与かる者にとっては、キリストのその行為を、“わたしのために”与えられたのである、“わたしのために”流されたのである、と受け入れていくところに、大きな意味があるのではないでしょうか。

 それ故に、このパンとぶどう酒、すなわち、体と血は、あなたのために与えられ、あなたのために流されたのである、とはっきりと伝えることの大切さを忘れてはならないと思うのです。陪餐者はそれを聞いて「アーメン」、すなわち、本当に私もそのように思います、そのように信じます、と告白し、受けるのです。

 この分餐者と拝領者とのやり取りの重要さは聖餐式の中の大切な要素のひとつではないでしょうか。分餐者が慣れのために、あるいは、陪餐者の数が多いために時間の節約との思いから省略をしているとしたなら、それはまったく違うのだと思います。また、受ける者がこの言葉に重みを感じていないとしたのなら、陪餐する意味が薄められていってしまうのではないでしょうか。

 教会問答は教えます。聖餐を受けることは、十字架につけられ、よみがえり、そして永遠に生きておられるキリストご自身の命を受け、キリストとの一致、またすべてキリストにある者の一致を強められ、罪の清めと、永遠の命に至る養いを受け、神と人とに仕える者となることです、と。

2016年11月の主な礼拝と行事
2016年10月30日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

11月1日(火)諸聖徒日
 10:30 聖餐式
 14:00 八千代霊園墓参(現地集合)
11月5日(土)
 13:30 北総宣教協議会キリスト教勉強会
11月6日(日)聖霊降臨後第25主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式(説教:中村豊神戸教区主教)
    教会委員会
11月10日(木)
 10:30 11月逝去者記念聖餐式
11月11日(金)
 18:30 北総宣教協議会
11月13日(日)聖霊降臨後第26主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式・幼児祝福式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
11月17日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
11月20日(日)降臨節前主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
11月27日(日)降臨節第1主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
    シメオン・アンナ会

第48回 千葉県教会音楽祭(北ブロック)
2016年10月29日

350名以上の方々が礼拝堂に集まりました
 2016年10月29日(土)に「第48回 千葉県教会音楽祭(北ブロック)」が当教会を会場に開催され、当教会聖歌隊をはじめとする12団体が参加しました。

 この音楽祭は、千葉県内のキリスト教会が、聖歌を歌うことを通じて、教派の垣根を超えて、共に神を賛美しようというコンセプトで始められた合唱祭で、エキュメニカル(超教派)の集まりとしては異例の長さである半世紀に渡って開催されています。以前は千葉県全体で行っていましたが、現在は地理的な関係で南ブロックと北ブロックとに分かれて開催しており、4年に1度南北合同で開催しています。

 48回目となる今年は、当教会が幹事教会となり、聖歌隊のメンバーが中心となって実行委員会を結成し、半年以上前から少しずつ準備を進めてきました。少ない人数と限られた予算の中、どうすれば素晴らしい教会音楽祭になるかを知恵を絞って考えてきました。

 その中で、当教会として一番こだわったのは「教会を会場にする」ことでした。近年は参加団体や人数の増加もあり、会場に外部のホールを使用することが多かったのですが、「教会音楽祭」である以上、原点に立ち返って教会で開催することがベストではないかと考え、そこを基準に様々な準備を進めてきました。当教会は幸いにして交通の便も良く、比較的大きい礼拝堂と幼稚園があるため、多くのお客様をお迎えできる環境にありました。

 そして迎えた当日には、私たちの予想を遙かに超える350名以上の方々が当教会に来場され、秋の涼しい時期であるにもかかわらず、礼拝堂内は熱気に満ちて暑いぐらいでした。

 はじめに行われた礼拝は聖公会形式で献げられ、当教会牧師の相澤司祭が「歴史の流れの中で多くの教派に分けられた兄弟姉妹達が、歌という一つの一致した賜物を携えてこの教会に集まっていることを喜ぶとともに、神に感謝したい」と話しました。

 その後、各団体がそれぞれの賜物に応じた歌を披露し、終わる度に会場内から大きな拍手が沸き起こっていました。

 そして、最後に、当教会の聖歌隊指揮者で今回の実行委員長であるO兄の指揮のもと「ハレルヤコーラス」を合唱し、大盛況のうちに教会音楽祭の幕を閉じました。

「第48回 千葉県教会音楽祭(北ブロック)」のご案内
2016年10月28日

 毎年恒例の千葉県教会音楽祭が、当教会を会場に行われます。
 千葉県教会音楽祭は、千葉県内のキリスト教会が、同じ神であるイエス・キリストを信じるものとして、教派の垣根を越え、聖歌・賛美歌を歌うことで神を賛美しようというコンセプトで始められた合唱祭で、今年で48回目となります。
 どなたでもご来場いただけますので、どうぞお越しください。

♪日時 2016年10月29日(土)
     第1部 礼拝 12時〜
     第2部 音楽のささげもの 12時35分〜
     第3部 交流会 15時15分〜
♪会場 市川聖マリヤ教会礼拝堂
♪参加教会
 日本福音ルーテル稔台教会
 日本基督教団新松戸幸谷教会
 日本基督教団柏教会
 日本基督教団市川三本松教会
 日本基督教団新津田沼教会
 日本基督教団鎌ヶ谷教会
 カトリック松戸教会
 日本基督教団松戸教会
 日本基督教団新松戸教会
 日本基督教団船橋教会
 日本長老教会柏シャローム教会
 日本聖公会市川聖マリヤ教会

マリヤバザー
2016年09月25日

楽しい一日となりました
 毎年恒例の市川聖マリヤ教会と市川聖マリヤ幼稚園合同の「マリヤバザー」が開催されました。

 このところ毎日のような悪天候で、前日の会場設営の際も大雨に降られながらの準備でしたが、当日は朝から晴天に恵まれ、私たちはいつも神様に見守られているのだということを改めて強く実感したバザーとなりました。

 午前11時には牧師兼園長の相澤司祭によるお祈りに続き、開始の合図の鐘が鳴らされ、多くの人が売場に集まってきました。

 今年も、横浜教区内の教会(浦安伝道所、柏聖アンデレ教会、福田聖公会、清水聖ヤコブ教会)から出店していただき、バザーの盛り上げに一役も二役も買っていただきました。

 午後1時からは豪華賞品が当たるお楽しみ抽選会が行われ、大勢の子どもたちが抽選券を握りしめながら抽選会場の前に集まりました。そして、番号が読み上げられる度に、当たっても外れても大きな歓声を上げていました。

 今年のバザーの収益は、2026年に予定されている礼拝堂新築及び幼稚園の諸活動のために用いさせていただきます。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年10月)
2016年09月25日

「宣教の5指標」のカード(日本聖公会管区事務所発行)
「宣教の5指標」について

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人
 
 この度、管区事務所から「宣教の5指標」(と教会の5要素)のカードが送られてきました。どうぞお持ち帰りください。祈祷書に挟むことが出来ますので、ご活用くださればと思います。そこでこの5指標について説明します(大阪教区の岩城聰司祭の文章を参考にしています)。

 聖公会は世界に広がる教会で、アングリカン・コミュニオンと言います。その交わりの中心はカンタベリー大聖堂とそこにあるカンタベリー主教座です。聖公会という教会の進むべき方向を決めるために4つの機関がありますが、その中の「全聖公会中央協議会(各国の聖公会の代表からなる会議=ACC)」がこの宣教の5指標を採択しました。(ほかの3つの機関は、カンタベリー大主教、ランベス会議=全世界の主教の会議、首座主教会議、です。)

 宣教の5指標とは、@神の国のよき知らせを宣言すること A新しい信徒を教え、洗礼を授け、養うこと B愛の奉仕によって人々の必要に応答すること C社会の不正な構造を改革し、あらゆる暴力に反対し、平和と和解を追求すること D被造物の本来の姿を守り、地球の生命を維持・再生するために努力すること、です。

 ここで言う「宣教」とは、布教とか伝道というより「教会の働き」全体を指すものであると理解した方が良いと思います。ここには教会と信徒が果たすべき使命(Mission)のほとんどすべてが含まれていますが、今後、さらに改定・追加がなされることでしょう。

 最初にこの問題を提起したのは1984年のACC第6回会議で、その後1990年のACC第8回会議で再確認され、1998年ランベス会議で承認されました。その時には、社会の不公正が世界的に大きな問題となっていましたので、@〜BにCの「社会の不正な機構を改革するよう努めること」の課題が追加されました。

 1998年のランベス会議は、これに次の課題が加わりました。D被造物の本来の姿を守り、地球の生命を維持・再生するために努力すること。これは、地球環境の破壊が人類全体の前に深刻な問題として迫ってきているからです。

 2012年のACC第15回会議は、戦争はもちろん、DVなどさまざまな暴力がこの世界を覆っている現状に目を向け、第4項に、「あらゆる暴力に反対し、平和と和解を追及する」を付け加えました。

 教会は、この「宣教の5指標」を手がかりにして「宣教=教会の働き」に対する理解を深めて、イエス・キリストの呼びかけに応えていきたいものです。そして、世界の聖公会と共に、私たちの市川聖マリヤ教会もこのことを意識しつつ、この世での証しと伝道、奉仕、正義と平和の課題、環境の課題などにより前向きに取り組むことへと向いたいものです。

2016年10月の主な礼拝と行事
2016年09月25日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

10月2日(日)聖霊降臨後第20主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
10月6日(木)
 10:30 聖書の学び
10月9日(日)聖霊降臨後第21主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
10月16日(日)聖霊降臨後第22主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 12:30 婦人会もより連絡会
10月20日(木)
 10:30 逝去者記念聖餐式
 14:00 清山荘訪問
10月23日(日)聖霊降臨後第23主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     シメオン・アンナ会
10月29日(土)
 12:00 千葉県教会音楽祭
10月30日(日)聖霊降臨後第24主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
11月1日(火)諸聖徒日
 10:30 聖餐式
 14:00 八千代霊園墓参
11月5日(土)
 13:30 キリスト教勉強会(講師:神戸教区中村豊主教)
11月6日(日)聖霊降臨後第25主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式(説教:神戸教区中村豊主教)

マリヤバザーのお知らせ
2016年09月17日

毎年恒例の「マリヤバザー」を下記の通り開催します。

今年も教会・幼稚園内外の皆様と楽しいバザーにすべく、準備を進めています。

当日の収益は、2024年に予定されている教会(礼拝堂)建築のために献げられます。

多くの皆様のご来場を心からお待ちしています。

★日時 9月25日(日)午前11時〜午後2時
★場所 市川聖マリヤ教会・市川聖マリヤ幼稚園

※雨天決行。
※お楽しみ協賛券の抽選会は午後1時からです。
※協賛券は当日も販売します。
※当日の聖餐式は浦安伝道所・日曜学校と合同で午前9時30分から行います。
※午前8時からの聖餐式は通常通りです。

夕涼み会
2016年08月21日

 今日夕方から、日曜学校主催の夕涼み会が行われました。

 天気予報ではいつ雨が降ってもおかしくないとされていましたが、何とか天気が持ち、多くの子どもたちや保護者、教会員が園庭に集まり、バーベキューや花火を楽しみました。

 夏休みもあと少しで終わりますが、子どもたちにとっては良い夏の思い出になったようです。

洗礼堅信式・平和に関する講話
2016年08月21日

 本日、日本聖公会横浜教区のローレンス三鍋裕主教がいらっしゃり、1名の洗礼堅信式及び2名の堅信式が執り行われました。

 礼拝後、三鍋主教により平和に関する講話を行っていただきました。主教は「私たち信仰者は、声高に平和を追求するのではなく、日々の信仰生活を通じて隣人を大切にする姿勢から平和を希求していきたい」とお話しになりました。

 夏の間は愛餐会(昼食)が休止されているのですが、今日は特別にすいとんが用意され、平和への想いを深めました。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年8・9月)
2016年07月31日
平和とは「暴力がないこと」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 世界を100人の村とすると、空爆や襲撃や地雷による殺戮や武装集団のレイプや拉致におびえている人の数は20人だそうです。それなら、残りの80人はみんな平和に暮らしているのかというと、戦火や襲撃に直接さらされていなくても、かなりの人が平和とは縁遠い生活を強いられていると言えるのではないでしょうか。平和とは何でしょうか。

 ノルウェーのヨハン・ガルトゥングという平和研究者は、平和とは暴力がないこと、と考えて説明されているそうです。「人間あるいは人間集団の、身体的あるいは精神的な自己実現の現状が、その人たちの潜在的な実現可能性以下に抑えられるような影響を受けているならば、そこには暴力が存在する。暴力とは、潜在的実現性と現実の差、あるいは達成されるはずだった状態と現状との格差の原因と定義される。暴力は実現可能性と現実との格差を拡大し、またこの格差の縮小を妨げるように作用する。」ということです。「潜在的実現可能性」とは、本来、人間一人ひとりにとって当たり前のことであることが現実になることであり、暴力がなければ実現したはずの状態を指すのです。たとえば、地球環境の汚染・独占・濫用などによって資源が枯渇するために特定の地域の人たちがあるべき状態に置かれないとするならば、明らかに暴力の一種と考えられるのです。暴力さえなければ実現するはずの「あたりまえの現実」とは一体どのようなものなのであるかを考えていかなければなりません。それが失われるなら、平和は観念論になってしまうのではないかと思います。「あたりまえの現実」への視点を失わずにしたいものです。

 2014年5月の福井地裁の大飯原発3,4号機運転差し止め裁判の判決で、「原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」と示しています。ここにも平和とは何かを考える材料が与えられています。

 今年も8月を迎えます。私たちは8月を迎えると殊に「平和」のことを考える時が与えられます。それは尊いことです。イエス様が言われた「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5章9節)のみ言葉をかみしめながら、平和の理解を深め、その実現に向かって過ごしていきたいものです。

2016年8月・9月の主な礼拝と行事
2016年07月31日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

8月6日(土)主イエス変容の日
 10:30 聖餐式
8月7日(日)聖霊降臨後第12主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
8月9日(火)〜11日(木)千葉県サマーキャンプ
8月11日(木)〜12日(金)千葉県中高生キャンプ
8月11日(木)
 10:30 8月逝去者記念聖餐式
8月14日(日)聖霊降臨後第13主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
8月21日(日)聖霊降臨後第14主日
 8:00 聖餐式
 10:30 聖餐式・洗礼・堅信式
 礼拝後、三鍋裕主教による平和に関するお話
 17:00 日曜学校礼拝
     夕涼み会
8月28日(日)聖霊降臨後第15主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
9月4日(日)聖霊降臨後第16主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
9月8日(木)
 10:30 9月逝去者記念聖餐式
9月11日(日)聖霊降臨後第17主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
9月15日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
9月16日(金)
 18:30 北総宣教協議会
9月 18日(日)聖霊降臨後第18主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
9月25日(日)聖霊降臨後第19主日
 8:00 聖餐式
 9:30 聖餐式
 11:00 マリヤバザー

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年7月)
2016年06月26日
「イエスの処方箋」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤牧人

 「イエスからいただいた処方箋」というのがあります。私たちが教会生活を営むとき、心に刻んでおきたいことのひとつなのではないかと思います。

 体調を悪くしたようなので、健康診断を受けたいと思ってイエスの診療所に行きました。検査の結果、私の体に具合の良くないところがあると診断され、自分でもそれを心から納得しました。

 イエスはまず私の血圧を測りました。そして「慈愛」の血圧がとても低いと言いました。次に体温を測りました。「利己主義」(エゴイズム)の熱が高く、40度もありました。心電図の検査では、「愛」のバイパスが何本か必要だと言われました。なぜなら、いつの間にか「孤立」しているので、心臓に「生きがい」と「希望」が十分に循環していないらしいのです。

 次に歩行困難の症状で整形外科に回されました。実際に出会っている兄弟姉妹と「共に歩む」ことができなくなっているからです。確かに「虚栄」あるいは「自分の見栄」にいつもつまづいています。

 その後、近視が強いから眼科にも行くようにと言われました。本当に私の周りの人々を見るとき、その人の「否定的な部分」しか見えていません。

 さらに耳鼻科にも行きました。イエスは今の私には「彼の声」が聞こえていないと診断しました。

 イエスは優しい方なので診察は無料でしたから、私はお金を払わなくて済みました。ただ、次のような処方箋が施されました。

1.毎朝起きたら、「感謝」の水をコップ一杯飲むこと。
2.職場に入るとき、「安らぎ」をスプーンに一杯飲むこと。
3.一時間ごとに、「忍耐」の錠剤と「謙遜」のカプセルを飲むこと。
4.家に帰るとき、家族への「愛」の注射を受けること。
5.寝る前に、「安らぎの良心」の錠剤を二錠飲むこと。

 これは、ある神父さんがお書きになったものだそうです。私たちがこの世で共に生きていくとき、どうしても自己中心になりがちであるし、他人の否定的な部分を、また物事の否定的な部分に目が行き、そこに関心が向き、その結果、一歩を踏み出せないでいることがあるのではないだろうか。また、踏み出さないことを肯定している姿があるではないだろうか。そのような視点で生きているなら、確かに「前進する」ことに躊躇するのだろう。今のままでいいや、と。

 市川聖マリヤ教会が、そしてそれを構成している私たちがそうならないように、健康診断を受け、イエスの処方箋に従って、信仰生活を過ごしていきたいものです。

2016年7月の主な礼拝と行事
2016年06月26日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

7月3日(日)聖霊降臨後第7主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:30 教会委員会
7月7日(木)
 10:30 聖書の学び
7月8日(金)
 18:30 北総宣教協議会
7月10日(日)聖霊降臨後第8主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
7月14日(木)
 10:30 7月逝去者記念聖餐式
7月17日(日)聖霊降臨後第9主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
7月21日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
7月24日(日) 聖霊降臨後第10主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
7月31日(日)聖霊降臨後第11主日
 8:00 聖餐式
 9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年6月)
2016年05月29日
「お守り言葉」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 お守り言葉というものがある、と知りました。その言葉を聞いたら、それ以上は詮索しないという合図のようなものだということです。それは、「同盟」、「抑止」、「国益」、です。戦前では「国体」がそうであったと言われています。なるほど!と合点がいくような気持になりました。そして私はそれに「安全」を加えたいと思います。

 私たちはこれらの言葉に惑わされてはいないでしょうか。思考停止に陥らされてはいないでしょうか。抑止力が必要と言われます。しかし、皆が抑止力を、と言い出したら、その力は、相手よりもさらに強大にしなければと、際限なく繰り広げられていくことになることは容易に想像できるのではないでしょうか。そして、抑止のためにと、国は武力の保持をより強め続けていくことになるのでしょう。

 国益と言われれば、なんだか我慢させられてしまう雰囲気があります。自分のことばかりを言っていてはダメなのではないか、もっと全体のことを、などと思わされそうです。しかし、本当の意味の国益とは何でしょうか。明確にしていかなければならないと思います。福井地裁が大飯原発3,4号機を差し止めた判決文の中に「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」と記しています。視点をどこに置くかを教えてくれていると思います。

 私が思い続けていることは、「安全である」ということです。安全を確認できれば再稼働する、と言われます。その安全は、言う者によって理解が違っているのだろうと思えます。放射性廃棄物の処理技術が見つかり、それが無害化できるようになるまでは、少なくとも安全だとは言えないのではないか、と思います。現在では技術的困難や費用対効果のゆえに、その見込みはほぼなくなったと言ってよい、と言われます。それ故に、安全とは何なのかをしっかりと見極めていきたいものです。

 これらの言葉が、「お守り言葉」となってはなりません。それ以上は詮索しないのではなく、検証し、意味することを確認し、是非を問うことを忘れてはならないと思います。いのちを大切にするために。

2016年6月の主な礼拝と行事
2016年05月29日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

6月2日(木)
  10:30 聖書の学び
6月5日(日)聖霊降臨後第3主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  13:30 教会委員会
6月9日(木)
  10:30 6月逝去者記念聖餐式
6月12日(日)聖霊降臨後第4主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  13:00 キャンドル会
  マリヤ子ども絵画教室
6月16日(木)
  10:30 聖書の学び
  14:00 清山荘訪問
6月19日(日)聖霊降臨後第5主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
     婦人会もより連絡会
  13:00 幼稚園保護者の集い
  お話:相澤牧人司祭(園長)
6月26日(日)聖霊降臨後第6主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
      シメオン・アンナ会

聖霊降臨日・創立記念・敬老感謝(その2)
2016年05月15日

 創立記念日の祝会では、毎年信徒が楽しい出し物を行いますが、今年は当教会の信徒である歌舞伎役者の二代目市川寿猿氏が歌舞伎を披露してくれました。

 寿猿氏は、市川猿翁一門の最古参で御年86歳ですが、今も現役で舞台に立ち続けています。

 礼拝堂のチャンセル(内陣)を舞台にして、十字架を背に鮮やかな舞を披露する寿猿氏に対して、会衆席からは「澤瀉屋!」との大きなかけ声が掛けられました。

聖霊降臨日・創立記念・敬老感謝(その1)
2016年05月15日

 教会では、復活日から50日目にあたる日を「聖霊降臨日」(ペンテコステ)と呼んでいます。

 イエス様が復活されてから50日目、ユダヤ教の収穫祭である五旬祭の日の出来事でした。

 「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」(使徒言行録2章1-4節)

 聖霊に満たされた弟子達は、イエス様のように自分達も殺されるのではという恐れを捨てて、神様の福音を伝えるために世界中に派遣されていきました。

 この出来事から、聖霊降臨日は「教会の誕生日」とも呼ばれています。

 その教会の誕生日であるこの日、私たち市川聖マリヤ教会では、創立82周年記念と、80歳以上の先輩信徒の方々への敬老感謝のお祝いを行いました。

 1934年(昭和9年)、初代牧師の松本正雄司祭が現在のJR市川駅周辺で伝道活動を始めたのが当教会の興りです。それから今日に至るまで、イエス・キリストの福音を地域に宣べ伝えるために多くの信徒聖職が当教会で活動してきました。そして、創立90年を迎える2024年には、新礼拝堂を竣工する予定です。

 私たちは、今まで教会を支えてこられた方々の篤い祈りを継承しつつ、新しい時代に向かって歩み続けていきます。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年5月)
2016年04月24日
「判断基準」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 私たちは、意識するにしろしないにしろ、何らかの形でいつも判断し、選び取って、生きているのではないでしょうか。私たちが生きていく時、判断基準を持っていることは大切なことであると思います。何故なら、それによって評価がなされていくからです。

 イエス様のみ言葉はその判断基準を教えてくれています。

 「この最も小さな者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。(マタイによる福音書25章40節・すべての民族を裁く)」。これは、空腹、渇き、病い、非保護、囚われの状態の人びとへの関わりが、神への行為となるということの教えです。
   
 「行って、あなたも同じようにしなさい。(ルカによる福音書10章37節・サマリヤ人の譬え)」。この譬えは、思想信条が違っても、正しいことは正しい、大切なことは大切なのだ、という明確な教えです。

 「わたしもあなたを罪に定めない。(ヨハネによる福音書8章11節・姦通の女)」。この言葉を語るイエス様の心は、もう罪を犯さないと悔い改め、再び生きることの尊さを大切にしているのです。そういう生き方へと導く励ましの言葉です。

 イエス様のこれらの言葉は、様々な状況の中でも、“ひとつ”の“いのち”を“大切に”するという強い思いが現わされているものであると理解します。全体を考えることも必要ですが、その前提にはひとつのいのちへの眼差しがなければなりません。それが無くなるなら、全体を考えることの意味はどれほどあるのでしょうか。

 キリスト者として持つべき視点は、イエス様のこの言葉にあると思っています。この実践をどのようにしていくのか、様々な状況の中で、思いを深め、当てはめていくことが求められているのだと思います。

 5月3日は憲法記念日です。日本の憲法は意味深いものと思います。そして、憲法の本質は、法律とは違って、国民を縛るものではなく、国や為政者の行為が制限されるものであるということを忘れてはなりません。国は、為政者は、その憲法を守ることを貴び、ひとつのいのちを大切にする世界(平和)の構築へと進んでいってほしいと願っています。そして、それが実現されるようにと、私たち一人一人もそれぞれの場で関わっていくことがその歩みを正しい方向に導いていくのだと思います。

 イエス様が言われた「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。(マタイによる福音書5章9節)」とのみ言葉が強く響いてきます。

2016年5月の主な礼拝と行事
2016年04月24日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

5月1日(日)復活節第6主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  13:30 教会委員会
5月3日(火)〜 5日(木)
  教区中高生キャンプ(教区祈りの家)
5月5日(木)昇天日
  10:30 聖餐式
5月8日(日)復活節第7主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  13:00 キャンドル会
5月12日(木)
  10:30 5月逝去者記念聖餐式
5月15日(日)聖霊降臨日
      創立82周年記念日・敬老会
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式  
       祝会
  13:30 マリヤ子ども絵画教室
5月19日(木)
  14:00 清山荘訪問
5月22日(日)三位一体主日・聖霊降臨後第1主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
       シメオン・アンナ会
5月27日(金)
       北総宣教協議会
5月29日(日)聖霊降臨後第2主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  12:00 礼拝堂大掃除
  13:00 第1回教会建築準備委員会

「九州地震(熊本地震)」に伴う日本聖公会の動きについて
2016年04月21日
 4月14日に発生した「九州地震(熊本地震)」に伴い、私たちの教派である日本聖公会においても、熊本県の教会を管轄している九州教区を中心として、様々な活動を開始しています。

 この地震で逝去された方々、傷ついた方々、今なお困難のうちにある被災者の方々、被災地で様々な支援活動に携わっている方々を憶え、お祈りいただければ幸いです。

 活動の詳細は管区ホームページを御覧ください。

 管区ホームページ http://nskkiinkai.blog116.fc2.com/

越山司祭による聖餐式&講演会「大震災から5年目を迎えて想うこと」
2016年04月17日

越山健蔵司祭(東北教区郡山聖ペテロ・聖パウロ教会牧師)
 4月17日、東北教区郡山聖ペテロ・聖パウロ教会牧師の越山健蔵司祭をお迎えして、主日聖餐式の司式・説教と講演会「大震災から5年目を迎えて想うこと」の講師を務めていただきました。

 越山司祭は、大震災から5年が経ち、目に見える部分での復興は進みつつあるものの、目に見えない部分(原発事故による放射能被害や大震災に起因する人間関係の断絶等)の回復が中々進んでいない現実を話され、5年が経ったということで幕引きを図りつつある社会の風潮を踏まえ、「被災地のことを忘れないで欲しい」と訴えられました。

 また、時を同じくして熊本地震が起きていることにも触れられ、「祈りは大きな慰めと力になる。教会として、被災地のために心を合わせて祈ることを続けていって欲しい」とも話されました。

講演会「大震災から5年目を迎えて想うこと」
2016年04月17日

 市川聖マリヤ教会では、2011年3月11日の大震災発生直後から、日本聖公会の東日本大震災被災者支援プロジェクトである「いっしょに歩こう!プロジェクト」に支援を行ってきましたが、同プロジェクトが2013年5月をもって活動を終了した後は、教会独自の働きを模索していました。

 その結果、従来の支援金を中心とした支援から、被災地との交流を中心とした支援を行うこととし、2013年9月からは「マリヤプロジェクト」として、放射能被害に苦しむ福島県の教会、特に、東北教区郡山聖ペテロ・聖パウロ教会との交流を行ってきました。

 今年で大震災から5年を迎え、「マリヤプロジェクト」としての活動は終了することになりましたが、今までの活動への感謝と祈りを捧げ、被災地への思いを新たにする機会として、郡山聖ペテロ・聖パウロ教会牧師である司祭ピリポ越山健蔵師に当教会にお越しいただき、主日聖餐式の司式・説教、そして講演をしていただくこととなりました。

 多くの皆様の御来訪をお待ち申し上げます。

 ■日時:2016年4月17日(日)13時〜
 ■会場:市川聖マリヤ教会礼拝堂
 ■講師:司祭ピリポ越山健蔵師(日本聖公会東北教区郡山聖ペテロ・聖パウロ教会牧師)
 ■入場無料・申込不要

 ※当日は午前8時、午前10時30分から越山司祭司式・説教による聖餐式が捧げられます。こちらにも是非御参列ください。
 ※同じ日に当教会牧師の相澤司祭は郡山聖ペテロ・聖パウロ教会で聖餐式司式・説教を務めます。

神学校のために祈る主日
2016年04月10日

「そして、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた」(マルコによる福音書6章7節)
 日本聖公会では、総会の決議によって、いくつかの特定主日が定められ、その働きのために祈りと信施をささげて支える活動を継続しています。

 その中で、復活節第4主日を「神学校のために祈る主日」と定めています。今年は4月17日です。

 神学校とは、教会の奉仕職(聖職者や伝道者)を養成・訓練するための教育機関で、日本聖公会では聖公会神学院(東京都世田谷区)とウイリアムス神学館(京都府京都市)の2箇所に所在しています。

 両神学校には、合わせて13名の神学生が学んでいますが、将来、教会の奉仕職として神様と人々に仕えようと日々の学びに励んでおられます。
 
 神学校で学ぶ人々、教える人々、教会の奉仕職へ召されようとしている人々のためにお祈りください。

【神学校のホームページ】
 +聖公会神学院
  http://www.ctc.ac.jp/
 +ウイリアムス神学館
  http://bp-williams-seminary.org/

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年4月)
2016年03月27日
「イエスの復活の福音に生きる」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 イエス様の復活を祝う時を迎えました。その福音に与かる私たちは、どのように日々を生きるのか、ということを思い巡らすことは、自らの信仰の深まりに寄与することではないかと思います。そのことは、エマオ途上の物語(ルカによる福音書24章13節以下)と大宣教命令(マタイによる福音書28章16節以下)を合わせて考えていく時、一つの方向を与えてくれるのではないかと思います。つまり、いっしょに歩んでくださる(同行二人)イエス様、共にいてくださる(インマヌエル)イエス様を知るということです。

 エマオ途上の物語は、二人の弟子がエマオという村に向かう時、同行している方が復活のイエス様だとは知らずに、語り合いながら共に旅を続けます。そして、宿での夕食のとき「イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。」(ルカにによる福音書24章30節〜31節)という出来事が起こりました。パンを裂かれた方がイエス様だと分かったとき、姿が見えなくなったとは意味深い言い方です。それはパンの中に復活のイエス様がおられるのだということを示しているのではないでしょうか。つまり、聖餐に与かる、そこにイエス様が共にいてくださるということなのです。

 大宣教命令では、イエス様は「すべての民をわたしの弟子にしなさい。父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」と語り、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書28章19〜20節)と宣言されました。私たちが、イエス様が命じられるこれらの働きをしている時、イエス様は共にいてくださるのです。なかなか困難を伴う働きですが、共にいるのです。それは助けてくれるということを意味します。また、支えてくれるということでもあるのです。

 イエス様の復活の喜びに与かる私たちは、その信仰生活においてどのような態度をとるか、また、そこにどのような価値を見出していくかということが、私の生きざまの意味を左右することになるのでしょう。私の日々が、「アーメン(そのとおり)、ハレルヤ(賛美)」との信仰告白になって高められていくことを望みたいものです。

復活日(イースター)
2016年03月27日

復活日聖餐式と祝会の様子
 「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方はここにおられない。復活なさったのだ。」(ルカによる福音書24章5〜6節)

 復活日(イースター)は十字架の上で真実に死なれたイエスが、その日(金曜日)から数えて3日目によみがえられたことを記念する、キリスト教最古の、そして最大の祝日です。

 復活日は降誕日(クリスマス)とは違い、移動祝日と呼ばれ、毎年日付が異なります。3月21日以降の満月の後の最初の主日(日曜日)と決められています。今年の復活日は比較的早く到来しました。

 今日は午前8時と午前10時30分に聖餐式が行われ、多くの兄弟姉妹と共に、主イエス様の復活をお祝いしました。

2016年4月の主な礼拝と行事
2016年03月27日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

4月3日(日)復活節第2主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  13:30 教会委員会
4月7日(木)
  10:30 聖書の学び
4月10日(日)復活節第3主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
      キャンドル会
  13:00 マリヤ子ども絵画教室
4月12日(火)
    幼稚園入園式
4月14日(木)
  10:30 4月逝去者記念聖餐式
4月17日(日)復活節第4主日
  8:00 聖餐式(司式・説教:東北教区司祭テモテ越山健蔵師)
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式(司式・説教:東北教区司祭テモテ越山健蔵師)
  13:00 講演会(講師:東北教区司祭テモテ越山健蔵師)
4月21日(木)
  10:30 聖書の学び
  14:00 清山荘訪問
4月24日(日)復活節第5主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  シメオンアンナ会
4月29日(水)
  11:00 千葉県下合同礼拝(館山聖アンデレ教会)

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年3月)
2016年02月28日
「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか。」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人
 
 私たちが信仰をもって過ごしていくとき、何を大切にし、どこを向いていくのかということは、本当に重要なことだと思います。

 ルカ福音書10章26節に記されている標記の言葉は、律法の専門家が「何をしたら永遠の命を受け継ぐことが出来るか」という問いに対してのイエス様の答えです。この二つの問いの違いの重要性に気づきたいものです。

 「律法には何と書いてあるか」は、律法の専門家にはたやすい問いでしょう。彼はよどみなく答えたことが想像されます。(心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。また、隣人を自分のように愛しなさい。と)それは正しい答えなのです。しかし、「あなたはそれをどう読んでいるか」と問い、この律法が教えている本当の意味を伝えるために、イエス様は善いサマリア人のたとえを語られました。

 「律法には何と書いてあるか」という問いは知識を質問しています。「あなたはそれをどう読んでいるか」の問いは、客観的な律法の知識だけでなく、主体的な受け止め方、つまり、それを自分の生活にどのように示しているか、どのような行動の姿勢を取ろうとしているのか、と質問しているのでしょう。

 この視点を絶えず持ち続けることは、信仰の生活を続けていく時、大切なこととなります。今、世の中で起きている様々なこと、賛否両論が渦巻いている出来事、学者(専門家)が正反対の意見を出していること、そのような中で、この問いは「あなたは“そのことを”どう理解するのか」と私たちの目を見開くようにと促しています。私たち信仰者の視点は、いのちを大切にするということに向けていくことではないでしょうか。

 「あなたはそれをどう読んでいるか」と問われたときに、一点しか見えていない(隣人を同胞、自国民、仲間と理解する)ことに対しての誤りを指摘されていくのです。

 教会はどこを向いていくのか、私はどこを向いて信仰生活を過ごすのか、イエス様のこの問いの意味を深く思い、普遍的に広げ、大斎の時を過ごしていきたいものです。

2016年3月の主な礼拝と行事
2016年02月28日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

3月2日(水)
  10:30 北総・東総婦人大斎静想日(柏聖アンデレ教会)
3月3日(木)
  10:30 聖書の学び
3月4日(金)
  10:30 世界祈祷日(日本基督教団船橋教会)
3月6日(日)大斎節第4主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  13:30 教会委員会
3月10日(木)
  10:30 逝去者記念聖餐式
3月11日(金)
    北総宣教協議会
3月13日(日)大斎節第5主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  13:00 キャンドル会
  13:00 マリヤ子ども絵画教室
3月17日(木)
  10:30 聖書の学び
  14:00 清山荘訪問
3月20日(日)復活前主日(しゅろの主日)
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
3月21日(月)復活前月曜日
  10:30 聖餐式
3月22日(火)復活前火曜日
  10:30 聖餐式
3月23日(水)復活前水曜日
  10:30 聖餐式
3月24日(木)聖木曜日
  19:00 礼拝
3月25日(金)聖金曜日(受苦日)
  12:00 3時間礼拝
3月26日(土)聖土曜日
  10:30 礼拝
  17:00 堅信式(千葉復活教会)
3月27日(日)復活日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
  10:30 聖餐式
  礼拝後、祝会

教区主教巡杖・洗礼堅信式
2016年02月14日

教会に置かれている主教座(カテドラ)。横浜教区の紋章が刻まれています。
 今日は1年に1度の教区主教巡杖(じゅんじょう)日でした。

 主教とは、初代教会の指導の責任を担った使徒たちの後継者と考えられている職務で、信仰生活の指導者、とりわけ聖餐式の主宰の責任を取り、これに関わる教会のすべての問題に対する最高責任者となる職務です。

 私たちの教派である日本聖公会では、全国を11の教区に分け、それぞれの教区に教区主教が置かれています。教区主教は、各教会に司祭を派遣し、派遣された司祭は牧師として教会の責任を負うことになります。

 私たちの所属している日本聖公会横浜教区の教区主教はローレンス三鍋裕師父で、普段は横浜市にある横浜聖アンデレ主教座聖堂にいらっしゃいますが、神奈川県・千葉県・静岡県・山梨県に及ぶ横浜教区内を主日毎に巡杖され、堅信式を執行されています。巡回ではなく巡杖と呼ぶのは、主教は羊飼いの象徴である牧杖を持って巡回するからです。

 今日は1名の方が洗礼堅信、1名の方が堅信を受領され、教会の新しい家族として迎え入れられました。

 ところで、各教会には主教座(ラテン語でカテドラ)と呼ばれる椅子が置かれています。この椅子には主教のみが座ることを許されています。教区の中心的な教会を主教座聖堂、英語ではカテドラルと言いますが、これは主教座が語源となっています。

教会報「聖鐘(チャイム)」巻頭言から(2016年2月)
2016年01月31日
「夢」

牧師 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

 夢は聖書では神の言葉、神の意思が示される出来事と理解されています。人はそれを自分の深層心理のことであると理解します。

 新しい年を皆さまはどんな夢をもって迎えられたことでしょうか。今の日本の状況を思い巡らすとき、希望を持って迎えられた、と言い切れないものを感じます。原子力発電所の事故による放射能被害。また、原子力発電によって必ず生み出される廃棄物、その処理技術が出来ていない中での再稼働によってその危険物が溜まりつづけていく状況。二度と戦争をしないと誓って定められた日本国憲法(9条)、憲法を順守して政治を行うという立憲主義の軽視、これらのことを思う時、心が沈みます。しかし、私たちは前進していかなければなりません。神の意思は何かを求めつつ、希望を持って歩み続けることです。

 聖書の信仰は、神は私たちに夢で語りかけられるということです。ヨセフがイエス様の誕生後三度も夢で語られました。(マタイによる福音書2章13、20、22節)それは、危険が及ぶとき、恐れを感じる時、不安になる時でした。その時、神は適切な指示を与えられるのです。私たちは夢で何を聴くのでしょうか。一人一人が夢で語られたことを思い巡らし、神の意思を理解していきたいものです。

 2016年、市川聖マリヤ教会もその働きを継続していきます。その時、教会は八幡3丁目の地というのではなく、私たち一人一人が住んでいるその場も「教会」なのだという意識を持つことは重要なことです。マリヤ教会のパリッシュ(教会区)は信徒が住んでいる地域も含むということです。そこで、福音を語り続けていく、それが教会の働きなのだと思います。福音とは何か、それは、礼拝で、交わりで、学びで見出していきたいものです。

2016年2月の主な礼拝と行事
2016年01月31日
※礼拝や行事はどなたでもご参加いただけます。
※詳細はお気軽にお問い合わせください。
※特に記載がない行事は教会で行われます。

2月2日(火)被献日
 10:30 聖餐式
2月4日(木)
 10:30 聖書の学び
2月7日(日)大斎節前主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式       
 13:30 教会委員会
2月10日(水)大斎始日
 10:30 聖餐式
2月11日(木)
 10:30 2月逝去者記念聖餐式
2月12日(金)〜13日(土)
 北総宣教協議会信徒修養会(ホテルプラザ菜の花)
2月14日(日)大斎節第1主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式(主教巡杖・洗礼堅信式)
 13:00 キャンドル会
 13:00 マリヤ子ども絵画教室
2月18日(木)
 10:30 聖書の学び
 14:00 清山荘訪問
2月21日(日)大斎節第2主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
2月28日(日)大斎節第3主日
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝
 10:30 聖餐式
     シメオン・アンナ会

2016年 市川キリスト教一致祈祷週間 合同礼拝のご案内
2016年01月13日

主の力あるわざを、広く伝えるために招かれて(ペトロの手紙一2章9節)
 2004年からキリスト教一致祈祷週間の時に、教派を超えた合同礼拝が行われ、良き交わりの時を持ってきました。今回も年の初めに下記のように行います。お誘い合わせの上、奮ってご参加ください。心からお待ちしています。

 ■日時 2016年1月16日(土)午後2時から
 ■場所 日本聖公会横浜教区市川聖マリヤ教会
 ■司式 相澤牧人(日本聖公会市川聖マリヤ教会司祭)
      赤岩 聰(カトリック市川教会神父)
      外谷悦夫(日本基督教団市川三本松教会牧師)
 ■説教 高市和久(日本バプテスト連盟市川八幡キリスト教会牧師)

※礼拝は、日本キリスト教協議会(NCC)とカトリック中央協議会との共同作成の礼拝式文によって行われます。
※礼拝の献金は、キリスト教一致祈祷週間の働きのために捧げられます。
※礼拝後、お茶を飲みながら交流の時を持ちます。お時間のある方は是非お残りください。

+キリスト教一致祈祷週間について
 1908年(明治41年)、「教会一致の八日間の祈り」を戒律にしたアトンメントのフランシスコ修道会を創設したポール・ワトソン神父(1863〜1940)によって、1月18日から25日の期間が定められ、世界的な広がりを持ちました。
 さらに、1962年から1965年にかけて開催されたカトリック教会の第二バチカン公会議以降、エキュメニカル(教会一致)運動の精神によって、世界各地でキリスト教一致祈祷週間を守ることが推進されるようになりました。
 キリスト教一致祈祷週間の礼拝で用いられる小冊子は、世界教会協議会(WCC)と教皇庁キリスト教一致推進評議会が共同発行した資料をもとに、日本キリスト教協議会(NCC)信仰と職制委員会とカトリック中央協議会エキュメニズム部門が共同作業によってまとめたものです。

※小冊子はこちらからダウンロードできます(カトリック中央協議会ホームページ)
www.cbcj.catholic.jp/jpn/news/img/icchi2016.pdf

今年もよろしくお願い申し上げます
2016年01月03日

 今日は2016年になって最初の日曜日です。教会では午前8時と午前10時30分からそれぞれ主日の聖餐式(ミサ)が執り行われます。

 今年も当教会では様々な活動や行事を計画しています。その都度このホームページで告知させていただきますので、信徒の方々はもちろんのこと、教会に関心のあるすべての方々にご参加いただければと願っています。

 2016年が皆様にとって素晴らしい1年となりますよう、心からお祈り申し上げます。

<礼拝時間>
 ✠主日(日曜日)
  8:00 聖餐式
  9:15 日曜学校礼拝(子どもの礼拝)
  10:30 聖餐式
 ✠平日(月曜日を除く)
  7:00 朝の礼拝
 ✠毎月第2木曜日
  10:30 逝去者記念聖餐式
※変更等はこのホームページで告知させていただきます。